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中華圏から多くの観光客が見込める旧正月「春節」が29日から始まり、北海道の観光地がかき入れ時を迎えています。札幌や後志管内のニセコ地区などに加え、今年はなぜか岩見沢市で中国人観光客が急増しています。
岩見沢に押し寄せる中国人観光客 謎解くカギは「小紅書」 北海道の観光地図が塗り変わる?

JR岩見沢駅前で雪遊びに夢中になる子どもを見守るシンさん夫婦
海外でも有名な観光スポットがあるわけではなく、宿泊施設もけっして多くはありません。どうしてインバウンド(訪日客)が押し寄せるのでしょう。
大満足の雪」
27日、快晴のJR岩見沢駅前。大人の腰の高さほどに積もった雪の上で、子どものはしゃぐ声が聞こえてきました。中国・上海市から妻と3歳の長女、両親と訪れたシン・ホーさん(36)は「雪を見たかった。ここでは子どもが楽しそうに遊んでいます」と目を細めます。春節前後に9日間かけて札幌と東京を周遊する予定だといい、札幌から岩見沢に足を延ばしたそうです。
記録的な少雪も、岩見沢には積雪
岩見沢は道内有数の豪雪地帯の一つ。市内では2012年2月に観測史上最高となる積雪208センチを記録しました。この冬は全道的に少雪、暖冬の傾向が続いていますが、札幌管区気象台によると、岩見沢市の1月28日午前9時時点の最深積雪は平年比8%増の92センチ。これに対し、札幌市中央区は同65%減の22センチにとどまり、4月上旬並みの少なさです。
外国人観光客は、豊富な雪を求めて岩見沢に足を運んでいるというわけです。

JR岩見沢駅のホームで札幌行きの列車を待つ外国人観光客ら
札幌からJRの普通列車で約40分という近さも日帰り観光にぴったり。岩見沢駅のホームは札幌行きの列車を待つ観光客でにぎわっていました。
ただ、ある疑問が浮かびます。北海道の統計によると、23年度の岩見沢市の外国人延べ宿泊者数は1394人で道内35市中20位。トップの札幌市の274万8千人には遠く及ばず、17位の北見市の1万1千人と比べても8分の1ほどにとどまります。海外での知名度が高くはない岩見沢市を外国人がどうやって知ることができたのでしょうか。
記事の後半では岩見沢市に中国人が集まるきっかけとなった、あるツールを紹介します。
次々と人を呼ぶ「小さな赤い本」

岩見沢中央公園で雪遊びや写真撮影を楽しむ観光客ら
岩見沢駅から南東へ400メートルほど進んだところにある岩見沢中央公園。1メートルほどの雪が積もった園内には20人ほどの観光客が思い思いに写真を撮っていました。
中国南部の江西省から彼女と一緒に訪れたグオ・ジエさん(23)もその一人。カメラを首から下げ、ポーズをとる彼女の写真を熱心に撮っていました。どこで岩見沢のことを知ったかを聞くと、「小紅書(レッドブック)ですよ」と教えてくれました。
■利用者3億人 写真投稿相次ぐ

岩見沢市を訪問した中国人観光客がSNSに投稿した写真(本人提供)
小紅書は「小さな赤い本」と名付けられた中国の交流サイト(SNS)で、月間利用者数3億人超を誇ります。画像と動画の投稿機能が豊富で「中国版インスタグラム」とも呼ばれます。
小紅書で「岩見沢市」と入力し、検索してみました。すると、屋根の上にこんもりと積もった雪や道路脇に雪が積み上げられた住宅街で撮影したとみられる写真が多数投稿されています。中には、JRを使って札幌から岩見沢に行く際の交通案内をする投稿も。投稿を見て岩見沢を訪れた人がさらに写真を投稿するといった形で昨年末ごろから急速に投稿件数が増えています。
「穴場」求めて

岩見沢中央公園で自撮りするアンさん(右)ら。
市民向けの一般的な公園が「映えスポット」になっている
北海道を初めて訪れたアン・ニーさんも小紅書で岩見沢のことを知ったといい、「中国で岩見沢は有名な場所ではありませんが、私はニセコや富良野のような観光客がたくさんいる場所に行きたいとは思いません。だからここに来ました」と説明してくれました。
小紅書は利用者の7割が女性で、若年層の利用が多いとされています。定番の観光地では満足できず、SNSの口コミを頼りに「穴場」を求める旅行者心理がうかがえました。
思わぬ「特需」に歓喜
「インバウンドの増加による恩恵がほとんどなかった岩見沢にやっと風が吹いた感じ。市民にとって『やっかいもの』の雪がポジティブなものになるとは」。産業観光支援などを手がけるNPO法人炭鉱の記憶推進事業団理事長の平野義文さん(54)は驚きます。一過性のブームで終わらせないよう、観光客による除雪体験ツアーの開催など来シーズンに向けてアイデアを温めているところです。
インバウンドの増加による経済効果も少しずつですが現れてきました。岩見沢市中心部のカフェは、1月下旬から客の半数近くが中国人になりました。店主の番井大輔さん(48)は「身振り手振りで対応していますが、中国語のメニューを作らなければいけませんね」と朗らかな表情で話します。
受け入れに課題も
一方、岩見沢市議でもある平野さんによると、観光客が民家の雪庇の下や積雪で狭くなった車道など危険な場所に入って写真を撮る姿も見られるようになってきたといいます。平野さんは「住宅街で私有地に入り込む人もいる。住民とのトラブルにならないよう、観光客にマナーを教えてあげて良い関係をつくることも課題ですね」と話します。
じゃないほう観光

春節休暇を目前にごった返す中国の北京南駅
有名な観光スポットなどではなく、その地域で暮らす人たちにとっての「日常」の光景を求めて多くのインバウンドが訪れる、岩見沢で起きているような現象について、国内外の観光政策に詳しい北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院の石黒侑介准教授は、旅先が「定番」から「じゃないほう」へ移る現象の一端とみています。
「じゃないほう観光」は2016年ごろから台湾や香港からの観光客を中心に見られるようになった現象です。
石黒准教授は「中国人も、これまでの中心だった団体旅行から個人旅行へシフトし、『じゃないほう』へのニーズが高まっています」と指摘。多くのインバウンドが岩見沢を訪れている状況について、「今冬の札幌での少雪と春節がたまたま重なり目立っているだけの可能性もありますが、こうした動きが続くと、ニセコや富良野などの有名観光地に集中しがちな北海道観光の構図が変わるかもしれません」と話しています。
(参考:北海道新聞デジタル発)
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