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野菜価格が高騰しています。ただ、肥料代や燃料代など高止まりするコストを、売価に転嫁しなければ農業を続けられず、かといって高すぎれば消費者からそっぽ向かれかねません。こうした生産現場のジレンマを解消すべく、利益も得ながら高品質の作物を供給し続けようと頑張っている組織があります。
安くないとそっぽ向かれませんか? 適正価格で野菜提供 keepA・中村好伸代表に聞く
こうした生産現場のジレンマを解消すべく、利益も得ながら高品質の作物を供給し続けようと、2年前に生まれたのが「keepA(キープエー)協議会」という北海道発の生産・流通組織だ。卸や小売りも巻き込みながら、未来につながる農業のあり方を模索する同協議会の中村好伸代表(61)に、その戦略や価値ある食に対する思いなどを聞いた。
なかむら・よしのぶ
1964年生まれ、札幌出身。小樽商大卒後、ニッカウヰスキー入社。ラーメン製造会社を経て、1998年から岩見沢市で畑作などに取り組むラジオパーソナリティーの河村通夫氏に師事。2002年に石狩管内新篠津村の農業法人に移り、10年に「新篠津つちから農場」社長。24年8月から会長。keepA協議会を23年6月に設立した。
1964年生まれ、札幌出身。小樽商大卒後、ニッカウヰスキー入社。ラーメン製造会社を経て、1998年から岩見沢市で畑作などに取り組むラジオパーソナリティーの河村通夫氏に師事。2002年に石狩管内新篠津村の農業法人に移り、10年に「新篠津つちから農場」社長。24年8月から会長。keepA協議会を23年6月に設立した。
背景に農場経営への危機感
――keepA協議会は、赤字に陥らない農業を目指し、適正な販売価格で高い品質の農産物を生産・供給することを掲げています。農業者だけでなく、スーパーや卸なども参画しています。組織を立ち上げた理由は。
「keepAには、有機栽培をはじめ、化学肥料や農薬の使用量を半分以下に抑えた特別栽培などを手掛ける道内外の50超の農業者や生産者組合が参加しています。keepAのロゴマークを付けてタマネギやジャガイモ、九条ネギなど計千トン程度を再生産できる価格帯で卸・小売りに供給しています。
これを作った背景には、まずは自社農場の経営への危機感がありました。近年は燃料代や箱代、運賃が上がる一方、農産物の販売価格はその時々の相場に左右されがちです。食べ物は『安くなきゃいけない』みたいな考え方も根強い。コストが上がるのに、売価が上がらないと翌年つぶれてもおかしくありません。
ただ、『農政が悪いから』といった恨み言を言っても仕方ない。そこで、労働搾取的な手法で不当に安く出回っている途上国の産品を本来の適正価格で買うフェアトレードのような仕組みを取り入れようと思ったのです」
――消費者に「買い支えてもらう」ということでしょうか。
「生産者が泣いても、卸や小売りが泣いてもうまくいかない。結局、消費者に気持ちよくお金を出してもらうために、『あなたの買い物行動が日本の農地を守ることにつながる』といったことを訴えて、理解してもらおうと考えたのです。
keepAの『A』には、英語のアグリカルチャー(農業)、安心安全、Aクラスといった意味を込めています」
「こう考えた土台には、うちの農場が特別栽培のタマネギを納める青森のスーパー、ユニバースで4年ほど前に見た光景がありました。うちの作物は水やりを極力抑えることで、根が水を求めて深くまでひげのように伸び、地中のミネラルを吸収するのが特徴。
その見た目からスーパーの商品部長が『仙人たまねぎというブランドを付けて3玉258円で売り出したい』と言い出したのです。頼みもしないのに。しかも、価格訴求品である3玉198円の普通のタマネギと並べて。にもかかわらず、1年通してその値段で売り切ってしまったんです。
視察で店を訪れた際、『仙人たまねぎの方がよく売れる』と言われ、見たらタマネギ売り場の7割がうちの商品。うれしかったのが、若いお母さんが迷わず仙人たまねぎをカゴにポンッと入れる光景を見たことです。ディスカウント店ではこの手法は通じません。けれども、伝えるべきことを伝えると、お客さんは値段だけでは選ばない買い方をするんだなあと思ったのです」
――その経験から、価値が一目でわかるよう「keepA」のマークを付けて売っているのですね。農家の仲間や卸業者、スーパーから不安の声は出ませんでしたか。
「自社農場は自前のタマネギ約千トンに加え、近隣の協力農家から仕入れた約2千トンも扱っていて、その仕入れ値を決めなければなりません。keepAを設立する少し前から協力農家に時々の相場での取引だけでなく、部分的に定額で取引するのはどうかと提案していました。
例えば、仕入れ値を1キロ100円の定額にすると、相場が150円の時に農家は損します。一方で相場が50円に下がっても100円で売れるので経営は困りません。協力農家ももうけたいだろうから、『相場が高い時はほかに出荷し、逆に下がりそうな時にはうちをうまく使ってもらっていい』と伝えてやってきました。
すると、無理強いしていないのに、定額取引の割合が増えていったんですよ。定額の価格水準は1シーズン限りなので、資材価格などが上がれば、次のシーズンに再生産できる取引価格に調整します」
「受け入れてもらえるかどうか、最初は半信半疑でした。実は取引していたスーパーとの間でも以前から、緩やかな値決めで取引していました。
相場が1キロ150円の時に『150円で買って』と言わずに130円程度に設定します。代わりに相場が50円に下がった時には『80円にできないか』と提案します。keepAでは、これをもう一段進めてフラットな定額取引をしています。
提案したところ、あっさり『いいね』と受け入れてくれました。『相場が上がった時に高い値段を吹っ掛けてこなかった』と覚えていてくれました。それだけでなく、お客さんに『うちの店はこんなに良いことをしています』とアピールできることも利点に感じてもらっていると思っています」
「思っていたより速度はゆっくりですが、昨年も四国のスーパーがkeepA協議会に参画してくれるなど、広がりは出ています。ただ、いまのところkeepAとしての取引は原則『1地域、1業態、1取引先』としています。
道内では北雄ラッキー、青森ならユニバースです。ラッキーが取り組んでいることを、道内の競合店はやりたがらない、という理由もあります。もっと認知度が上がり、誰もが知るような生産・流通ブランドになれば、同じ地域の複数のスーパーにあってもいいと思っていますけど」
「政府も有機栽培や特別栽培を増やそうと動いています。中長期的にはそうなる方向です。けれども、現状だけを見ると『とはいっても安いものを』という(消費者意識の)せめぎ合いがあります。
特別栽培などの作物を好んで買ってくれる目の前のお客さんが認めてくれても、それで世間の潮流が変わるかといえば、なかなか変わりません。砂漠に水をまくような徒労感がずっとあります。
ある時、20歳そこそこの学生さんが話していたことが記憶に残っていて、『最初は変わったことを始める人がいて、それを受け入れる人が5%を超すと急速に世の中に認知されていく』って言うんです。5%ならいけるんじゃないかと思いました。
そこで消費者側からもたきつけようと、昨年秋に初めて、食べ物ができる過程や仕組みを考えるシンポジウムを札幌で開きました。お客さんに『お宅の店にkeepAの商品はないの』と言ってもらえるようになるのが理想。そこを目指して地道にやっていくしかありませんよ」
(参考:北海道新聞 有料記事)
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