この記事を読むのに必要な時間は約 6 分39 秒です。
北海道出身の漫画家が多いということを知っていますか? でもそんな人たちのミュージアムが北海道には無いんです。
ガンダムも金カムも北海道 「あさきゆめみし」大和和紀さんが語るマンガミュージアムのススメ
数多くの漫画家を輩出している漫画王国・北海道。「はいからさんが通る」などで知られる札幌市出身の少女漫画界のレジェンド・大和和紀さんは、「北海道マンガミュージアム構想」の発起人代表として、道内に漫画に関する文化施設を設立しようと奔走しています。
7月に札幌市内で開かれた北海道政経懇話会(代表幹事・宮口宏夫北海道新聞社社長)での講演「北海道にマンガミュージアムを」では、北海道の漫画への熱い思いを語りました。
同構想の事務局業務を担う編集者の横里隆さんをまじえてトークショー形式で行われた講演の様子を再構成して詳報し、大和さんらが思い描くミュージアム像を紹介します。(文化部 赤木国香)
あの人もこの人も北海道
――マンガミュージアム構想が生まれたきっかけを教えてください。
大和和紀「10年ほど前から、私のすごいと思う漫画家さんには、なぜか北海道出身者が多いと気付きました。ガンダム(安彦良和さん)も、ゴールデンカムイ(野田サトルさん)も、この人も、あの人も皆、北海道。
でも、全国あちこちにマンガミュージアムはあるのに、北海道と沖縄は空白。北海道の偉大な漫画家の作品が一堂に会する施設があれば、と思っていました。
高校時代からの友人の山岸凉子さん(漫画家、空知管内上砂川町生まれ、札幌育ち)に話したら、彼女は『すばらしい。ぜひやるべきよ。私も手伝うから』って力づけてくれた。北海道から多くのすばらしい漫画家が生まれたことを知ってもらい、地元の人たちが誇りに思う場所にしたいんです」
<メモ>北海道ゆかりの漫画家数 札幌市や北九州市漫画ミュージアムなどの調べによると、北海道出身やゆかりがある漫画家は2023年9月現在で352人。都道府県別では、東京、神奈川、大阪に続いて4位という。
<メモ>全国の漫画関連施設 全国には70を超す漫画関連文化施設があると言われる。道内にも「おおば比呂司資料室」(札幌市)、オホーツク管内湧別町文化センターTOM漫画美術館、「モンキー・パンチ・コレクション」(釧路管内浜中町)があるが、北海道全体の拠点となる施設はない。大和さんらが理想とするのが、京都国際マンガミュージアム、秋田県横手市増田まんが美術館、北九州市漫画ミュージアムだ。
やまと・わき札幌市生まれ。北星学園女子短大(現北星学園短大)卒。1966年にデビュー。大正時代を舞台にした「はいからさんが通る」で1977年度第1回講談社漫画賞少女部門を受賞。代表作の一つで源氏物語の漫画化「あさきゆめみし」は海外でも高く評価されている。
――大和さんが構想発起人の代表、山岸さんが副代表となり、2021年から活動を始めました。発起人は18人、賛同者は14人です。
大和「コロナの時期でもあり、電話やメールで知り合いの漫画家や出版社を通じて声をかけました。皆さん快く『ぜひ協力したい』とおっしゃってくれた。今は声がけはストップしていますが、ミュージアムの話がもう少し進めば、再び呼びかけたいと思います」
原画は美術品 散逸は文化的損失
――思い描くミュージアムのイメージを教えてください。
大和「まず原画の力を見てもらいたい。原画は印刷されたものとはまったく違うもので迫力があり、もはや美術品と言ってもいい。絵の具の盛り上がりや紙質、人間が描いたものだと分かります。ただ、印刷が目的なので、通常の絵画よりももろく、紙は酸化して劣化していきます。カラーは色あせる」
このあと、施設の役割や北海道に漫画家が多い理由などを語っています。
――漫画家が亡くなった後、遺族が大量の原画の扱いに困って捨ててしまうという例も聞きます。
大和「はい。また、数年前に手塚治虫先生の原画が流出して海外オークションにかけられ、高値がついたことがあります。散逸してしまうと、元に戻すのは難しくなる。たかが漫画の原稿と思うかもしれませんが、それだけの価値のあるものなのです。
なるべく一つのところで収蔵し、紙の劣化を防いで保管する。画像データをデジタル化して使えるようにする。そうしないと、文化的な損失になると思います。文化庁も漫画原画の保存に着手しています」
横里隆「2023年には全国各地のマンガミュージアムと出版社が協力して『一般社団法人マンガアーカイブ機構』が始動し、漫画関連資料を文化遺産として残そうという運動も始まっています。北海道もこれだけ漫画家が多いのですから、その波に乗らないのはもったいない」
よこさと・たかし1965年愛知県豊川市生まれ。リクルート入社後、本とコミックの情報誌「ダ・ヴィンチ」創刊準備から企画・編集に参加し、2001~11年、同誌編集長。2012年には出版・編集業務を担う株式会社上ノ空を設立。AIRDO(エアドゥ)の機内誌「rapora(ラポラ)」の編集長も務める。
漫画と社会結ぶハブ的機能
大和「ミュージアムの役割として、作品の二次展開もあります。たとえば漫画家が亡くなった後、原稿をお預かりし、その著作権窓口を担当すれば、映画化やアニメ化の時にスムーズで、館としても収益を上げることができる」
横里「遺族の許可を得た上で、著作権を管理し、活用する方法を考える役割も担いたい。企業と一緒に(漫画のキャラクターを用いた)商品開発などもできると思います。そうした(漫画と企業、社会をつなぐ)ハブ(中核)的な機能をミュージアムが担うことが可能だと思います」
――ミュージアム設立に漫画家自らが動くのは、珍しいことと聞きますが、実際に活動を始めて苦労はありましたか。
大和「足かけ4年くらいジタバタしています。最初、官民にお願いに行って痛感したのは(私たちと)漫画に対する意識の差が激しいこと。子供のもの、たかが漫画という考えが強いのか、文化的意味を認めないところがあるのではと感じました。フランスやドイツ、イタリアでも漫画が人気ですが、漫画に対する意識が日本と違って、評価が高いんです」
横里「今は札幌市が前向きに協力してくれていますが、当初は、いかに自治体や民間の協力を得るかで壁にぶつかっていました。転機となったのは、以前から知り合いだった芸能事務所クリエイティブオフイスキューの伊藤亜由美社長に相談したこと。伊藤さんが動いてくれたおかげで、この1、2年、これは可能性があるんじゃないか、という流れになってきました」
――漫画の観光コンテンツとしての価値はどう見ますか。
横里「経済効果はすごく大きいと思います。分かりやすいのは、聖地巡礼と言われる、漫画やアニメの舞台を巡るもの。地域活性化に役立っています。また海外の日本の漫画への注目度も高まっており、インバウンド(訪日客)効果も狙える。
東京、その他の都市でもインバウンド効果が顕著なことは既に確かめられています。もちろん漫画の文化的価値を守ることが最も大事で、その点を大切にしながら、経済的な活動との両輪で館を回していけると一番いいのかなと思います」
空想の翼はぐくむ空と大地
――今年3月には、札幌市主催で大和さんと山岸さんの原画展が開かれました。
大和「札幌市から、漫画にはどのくらいの経済効果があるのか、実際にやってみたいと言われ、準備時間が足りないので、急きょ私と山岸さんで原画展をやりました。『原画の持つ力』を知っていただくためです。16日間で8千人以上が全国各地や海外からも来てくださり、大成功でした。
ミュージアムというのは、めちゃくちゃもうかるものではありません。ただ北海道にマンガミュージアムがあると、すごく楽しいと思うんです。一緒に楽しい企画をやってみたいと思う人が大勢出てくれるとうれしいですね」
――北海道出身の漫画家が多い理由は何でしょう。
大和「たとえば吾妻ひでおさんは浦幌町(十勝管内)の出身で、安彦良和さんは遠軽町(オホーツク管内)、ルパン(モンキー・パンチさん)も浜中町。相当静かな、人工的なものがない静謐(せいひつ)な場所で育った方が多いんです。自分が楽しむものは自分でつくるしかない地だからこそ、大きな空想の翼を広げることができたのだと思います。
北海道には翼を十分に広げられる空があり、空間がある。私たちも(ミュージアム設立に向けて)頑張りますので、応援をよろしくお願いします」
(参考:北海道新聞デジタル発)
コメント