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なまらあちこち北海道|体験、酪農地帯で朝の牧場を散策・中標津町

健康

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酪農地帯で空気の澄み渡った朝の牧場を散策してみませんか。そんなツアーが始まりました。滅多にできるものではありません。この機会に是非。

酪農地帯・中標津町で朝の牧場を散策

 開拓者の精神を受け継ぐ。そんな思いが込められた「FARM VILLA taku」(ファームヴィラ拓)という名の宿は、牧場の高台に立つ。午前6時に寝室から外を見ると、緑色の牧草に覆われた大地が数キロ先まで広がっていた。雪が解けて、放牧が始まる手前の春ならではの光景だという。

竹下さん(中央)の案内で、佐々木さん(右)とともに朝の牛舎を歩く

 根室地方の中部に位置する中標津町は全国有数の酪農地帯だ。約340頭の牛を飼育する竹下耕介さん(50)は昨年、牧場内に「拓」を建てた。「酪農の日常をじかに感じてほしい」と宿泊客らを対象に、朝の搾乳時間帯に「牧場散策」ツアーを行っている。

 長靴を履いて、「拓」から1キロほど離れた牛舎の中を歩いた。雌の親牛は約200頭。通路の左右両側で元気よく動き回りながら、飼料を食べている。

 牛舎では機械を使って、一度に12頭の乳を搾ることができる。朝夕、約170頭から搾乳する。この日も牛が代わる代わる機械の前にやってきては、手際よく乳が搾られ、パイプを通ってタンクへと流れていった。

 牧場の草地面積は170ヘクタールで、東京ドーム36個分に相当する。竹下さんの父、 日吉ひよし さんが1956年に「竹下牧場」を開き、ほぼ同時期に入植した酪農家から譲り受けた農地も含まれている。

 日吉さんは佐賀県出身。大学生時代、旅行で訪れた中標津の大地に魅せられ、「牛を飼って、食で日本を豊かにしたい」と原野を切り開いた。23歳で牧場を継いだ竹下さんは、牛の体調管理などにIT(情報技術)を活用するとともに、自家製チーズの工房を設け、「拓」には太陽光発電と蓄電システムも備えた。

 「父の開拓精神はそのままに、持続可能な未来のために何ができるか。日々考えている」。竹下さんは熱い言葉で、1時間余りの牧場散策を締めくくった。

標津町ではサケを巡る歴史を訪ねる

 今回の旅は、根室地方でアドベンチャートラベルを手がける知床ねむろ観光連盟(中標津町)事務局長の佐々木亮介さん(39)に企画してもらった。根室地方の「営み」をテーマとする2日間のツアーだ。

 初日は根室海峡に近い標津町に行った。1万年前の縄文時代からサケを取っていた人たちの住居跡が残る「ポー川史跡自然公園」と、江戸時代末期のサケ交易の面影を残す標津神社周辺を歩いた。

 公園とその周りには、地面がくぼんでいる竪穴住居跡が4400か所以上も残り、18世紀まで使われ続けたアイヌのチャシ( とりで )跡もある。案内役を務めた標津町観光ガイド協会会長の井南進さん(73)は「江戸時代には和人が進出してサケの漁場を開き、産業が盛んになった。一方、労働力とみなしたアイヌへの許しがたい行為が、やがて騒動に発展したという歴史も忘れてはいけない」と諭すように言った。

 明治時代になると、天然資源の枯渇でサケが徐々に取れなくなり、漁師は副業として酪農に取り組んだ。内陸部に広がって牧場の大規模化が進み、開拓者も増えていったという。

 2日目は牧場散策の後、「開陽台」を巡った。乳牛の放牧場で、中標津町の酪農開拓の象徴とも言われる台地だ。最後まで同行してくれた佐々木さんは「地元の人と触れ合って、産業や歴史をより深く体感できるツアーを提供していきたい」と語った。

 

 

 

 

 

 【メモ】竹下牧場内の宿「FARM VILLA taku」(ファームヴィラ拓)は1棟貸しで、定員8人。「拓」のほか、中標津町の中心街にあり、竹下さんがオーナーを務めるゲストハウス「ushiyado」(うしやど)の宿泊者を早朝の牧場散策に案内している。問い合わせ、申し込みは「拓」かushiyadoのホームページで。

(参考:読売新聞オンライン)

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