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私は何年か前に、北海道最南端のM町に住んでいました。
そこでよく飲みに行っていたスナック「K」のママの話がとても面白くて文章にしたものです。何回か投稿します。お付き合いください。
トトロママの十客十色(2)
### 3 菩薩像 ###
先にも書いたが、M町は古く由緒あるお寺が多く残っている。町の中心部から少し離れたところに通称「無縁寺」と呼ばれるお寺がある。あるご住職からやはりこの「K」で聞いたのであるが、かなり名門のお寺だそうである。そこの住職がやはり「A」に通っていた頃の話である。
「トトロや、冷蔵庫にあるビールを全部持ってきなさい」
これは住職が大切な話をするときの前触れである。
「おまえもそこに座りなさい」
「何さ、じじ」
ビールのふたを開けながら、トトロママは言う。「じじ」とはママが敬意をもって使う呼称である。もちろん生ビールも店には置いているが、じじは大事な話の時は瓶ビールなのである。

「私はこの地に観音菩薩像を三十三体造ろうと思っている。おまえもさんざん男を泣かせてきたことと思う。だから罪滅ぼしにおまえも一口乗って協力しなさい。その代わり第三番目におまえの名を彫ってやるから」
「男を泣かせたということには同意できないけど、その話には協力するわ」
じじのグラスにビールを注ぎながらトトロママは答える。
「よし、それでいい。それじゃあおまえも飲め」
決して神だのみはしないけど、どこか信心深いトトロママは、かくして三十三体の観音菩薩の第三番目に自分の名前を刻むことを約束させられたのである。
さて、しばらくして、じじが店にやって来る。
「トトロや、冷蔵庫にあるビールを全部持ってきなさい」
もちろん、大事な話である。
「トトロや、実はな、このまえ三番目の約束をしたが、その後都合が悪くなってな、七番目にしてくれるか」
多分、じじは同じ話を、限られてはいるが多くの人にしているのだろう。そして同意を得た順にその番数を決めているに違いない。話の流れでママの数字が三から七に変わっているのだ。だが、利口なママはそんなことは聞きはしない。
「いいよ、じじ。じじの好きにして」
ママはそう言ってビールを注ぐ。
「よし、それではおまえも飲みなさい」
で話は決着がつく。
そして、またしばらくしてじじが店にやって来て
「トトロや、冷蔵庫にあるビールを全部持ってきなさい。実はな、おまえの番号を十六番目にしたい」
「いいわよ、じじの好きにして」
トトロママはやっぱり目を細めて答える。そういうことが何度も続いて、
「結局私の番号は三十番目になったのよ」
といかにもおかしそうに笑う。トトロママの優しさが伝わってくる。
さて、その石像群は海を見下ろす小高い所にある。トトロママの名前が彫られた第三十番目の菩薩像がその一番上にあるのは、きっとママに済まないというじじの思いやりなのだろうと私は思っている。
そのじじも今はその石像群のはるか上の世界からこれを眺めているに違いない。
≪続く≫
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