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私は何年か前に、北海道最南端のM町に住んでいました。
そこでよく飲みに行っていたスナック「K」のママの話がとても面白くて文章にしたものです。何回か投稿します。お付き合いください。
トトロママの十客十色(6)
6 同級生と山と海
「M夫、私と同級生だってことを忘れてないだろうね」
トトロママは戸口に一番近い椅子に座っている客をたしなめている。
どうやらMさんがママに
「うるせ、ばばあ」
と言ったことに対するママの指導が入っているようだ。
「同級生にばばあなんて言わないんだよ」
Mさんは三十八歳の独身である。しかしこれは二年前に聞いた年齢である。ママは、私も三十八歳なんだからね、と念を押す。
二年たった今も三十八歳は変わっていない。Mさんは俺の年が増えているのにどうしてママは変わらないんだと抗議している。Mさんもかなり酔っている。酔った彼の言葉はますます津軽弁に磨きがかかって、私にはだんだん外国語になってゆく。
トトロママは年齢不詳である。すごく若く見える日もあれば、もしかしたらこういう年齢かなと推測されることもある。しかし我々はママの年齢がいくつであろうと、「安くてうまくて楽しい店」であればそれでいい。
トトロママには同級生がたくさんいる、それもいろんな年齢の。そこが可笑しい。Mさんは春になるといろんな山菜をママに届けてくれている。それがまた私たちの舌に美味を運んでくれるのである。
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山の雪が融けると間もなく春である。この時期多くの人が山に入って山菜採りを始める。つい夢中になって山奥に入りすぎ、迷ってしまう例が後を絶たない。ヒグマが活動し始める季節でもあり、二重に危険である。森づくりセンターのA所長や警察のF署長の気が休まらない時期である。
そんな季節のある夜、私は遅い時間「K」に顔を出した。珍しく客が少ない。世間話をして、他の客も帰るというので、私もさあ、と立ち上がった。そこに漁師のHさんが入ってきた。日頃は温厚な彼が深刻な表情である。
「何かあったの」
トトロママが尋ねる。
「うん、三時から捜索があってそれに出るから、ちょっと飲んでていいかい」
「はい、いいですよ」
ママは優しく答える。
Hさんは居酒屋「A」の時からの常連である。今でも自分で獲った魚をママのところに届けてくれるそうだ。
昨年は四百キロを超える黒マグロを獲った。この年の一番の大物である。マグロはその時の相場によってキロ二千円くらいから一万円くらいまで幅がある。Hさんが釣り上げた時は安い時だったと悔しがっていたのを覚えている。
そのHさんの奥さんが行方不明だというのである。年配の人たち五人で山菜採りに行ったまま帰らないらしい。暗くなったので、三時から捜索を再開するのでそれまでの時間ここで待たせて欲しいというのがHさんの希望である。私は身近な人がこんな状況になったのを見るのは初めてであった。
「年配の人は知恵があるから、大丈夫よ。きっとどこかで寒くないようにして朝を待っているはずよ。」
ママが励ます。
「うん、俺もそう思うんだけどな。」
だけどな、という言葉にHさんの心配がこもっている。私もしばらく付き合ったが、次の日の仕事を考えて二時には失礼した。
「無事に見つかることを祈っています」
そう言うのがやっとである。何を言っても今のHさんの不安をぬぐうことはできまい。
次の日五人が無事に発見されたことをTVでも大々的に報じていた。暖をとるために、石を焼いて、それを抱いて夜を過ごしたという。
聞き漏らしたが、多分枯れ葉を集めてその中に潜り込んだりもしただろう。やはり経験上の智恵が最良の結果をもたらした。ママの言葉どおりの結果になったのは幸いだった。
多分、トトロママの本当の年齢は五百歳くらいであろうとその時私は確信した。
トトロママは戸口に一番近い椅子に座っている客をたしなめている。
どうやらMさんがママに
「うるせ、ばばあ」
と言ったことに対するママの指導が入っているようだ。
「同級生にばばあなんて言わないんだよ」
Mさんは三十八歳の独身である。しかしこれは二年前に聞いた年齢である。ママは、私も三十八歳なんだからね、と念を押す。
二年たった今も三十八歳は変わっていない。Mさんは俺の年が増えているのにどうしてママは変わらないんだと抗議している。Mさんもかなり酔っている。酔った彼の言葉はますます津軽弁に磨きがかかって、私にはだんだん外国語になってゆく。
トトロママは年齢不詳である。すごく若く見える日もあれば、もしかしたらこういう年齢かなと推測されることもある。しかし我々はママの年齢がいくつであろうと、「安くてうまくて楽しい店」であればそれでいい。
トトロママには同級生がたくさんいる、それもいろんな年齢の。そこが可笑しい。Mさんは春になるといろんな山菜をママに届けてくれている。それがまた私たちの舌に美味を運んでくれるのである。
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山の雪が融けると間もなく春である。この時期多くの人が山に入って山菜採りを始める。つい夢中になって山奥に入りすぎ、迷ってしまう例が後を絶たない。ヒグマが活動し始める季節でもあり、二重に危険である。森づくりセンターのA所長や警察のF署長の気が休まらない時期である。
そんな季節のある夜、私は遅い時間「K」に顔を出した。珍しく客が少ない。世間話をして、他の客も帰るというので、私もさあ、と立ち上がった。そこに漁師のHさんが入ってきた。日頃は温厚な彼が深刻な表情である。
「何かあったの」
トトロママが尋ねる。
「うん、三時から捜索があってそれに出るから、ちょっと飲んでていいかい」
「はい、いいですよ」
ママは優しく答える。
Hさんは居酒屋「A」の時からの常連である。今でも自分で獲った魚をママのところに届けてくれるそうだ。
昨年は四百キロを超える黒マグロを獲った。この年の一番の大物である。マグロはその時の相場によってキロ二千円くらいから一万円くらいまで幅がある。Hさんが釣り上げた時は安い時だったと悔しがっていたのを覚えている。
そのHさんの奥さんが行方不明だというのである。年配の人たち五人で山菜採りに行ったまま帰らないらしい。暗くなったので、三時から捜索を再開するのでそれまでの時間ここで待たせて欲しいというのがHさんの希望である。私は身近な人がこんな状況になったのを見るのは初めてであった。
「年配の人は知恵があるから、大丈夫よ。きっとどこかで寒くないようにして朝を待っているはずよ。」
ママが励ます。
「うん、俺もそう思うんだけどな。」
だけどな、という言葉にHさんの心配がこもっている。私もしばらく付き合ったが、次の日の仕事を考えて二時には失礼した。
「無事に見つかることを祈っています」
そう言うのがやっとである。何を言っても今のHさんの不安をぬぐうことはできまい。
次の日五人が無事に発見されたことをTVでも大々的に報じていた。暖をとるために、石を焼いて、それを抱いて夜を過ごしたという。
聞き漏らしたが、多分枯れ葉を集めてその中に潜り込んだりもしただろう。やはり経験上の智恵が最良の結果をもたらした。ママの言葉どおりの結果になったのは幸いだった。
多分、トトロママの本当の年齢は五百歳くらいであろうとその時私は確信した。
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