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現在道立近代美術館で開催中の特別展「国宝『鳥獣戯画』京都 高山寺展」はもうご覧になりましたか? 見た人も、見ていない人も大変参考になる解説です。これを読んだ上で展示を見ると、違った見え方があるのを理解できるでしょう
まだまだ知りたい「鳥獣戯画」 最先端の研究者が絵巻の見方教えます!
国宝「鳥獣戯画」はもうごらんになりましたか? 札幌の道立近代美術館で開催中の特別展「国宝『鳥獣戯画』京都 高山寺展」(北海道新聞社など主催)。
ウサギとカエルの相撲で有名な絵巻ですが、9月1日までの展示には、動物図鑑のような乙巻や、コントかよ!と突っ込みたくなる人物が登場する丙巻、パロディーのパロディーのような丁巻がお目見えします。
そこで展覧会に合わせ、7月28日に同美術館で行われた東京国立博物館の土屋貴裕絵画・彫刻室長による講演を詳報します。題して国宝「鳥獣戯画」入門!
つちや・たかひろ 1979年生まれ。千葉大大学院単位取得満期退学。東京文化財研究所を経て東京国立博物館学芸研究部調査研究課の絵画・彫刻室長。著書に「もっと知りたい鳥獣戯画」など。
ウサギとカエルで「パプリカ」とな⁈
鳥獣戯画、有名ですよね。今は高校や中学、小学校の教科書でも取り上げられています。いろんなグッズも出ています。数年前にはNHKで米津玄師の「パプリカ」鳥獣戯画バージョンが公開されました。1982年には(同じく)NHKで手塚治虫さんが語る番組「『日曜美術館』私と鳥獣戯画」もありました。有名な漫画の神様に、それだけ語らせる魅力がある作品ということです。
そもそも鳥獣戯画は京都の高山寺というお寺が所蔵しています。甲乙丙丁の4巻が平安時代から鎌倉時代の初頭にかけて作られた。絵巻は通常は絵があって物語を書いている文字部分があるんですが、文字はありません。色をつけていない「白描画(はくびょうが)」というのもポイントです。縦のサイズは4巻とも、だいたい30センチちょっと。横はそれぞれ大体10メートル前後あります。
「国宝『鳥獣戯画』京都 高山寺展」
★会期 7月9日(火)~9月1日(日)。鳥獣戯画は作品保護のため、全4巻を6期に分け展示。平日は午前9時30分~午後5時、金曜は午後7時30分まで。入館は閉館の30分前まで。休館は8月12日を除く月曜と13日
★会場 道立近代美術館(札幌市中央区北1西17、電話011・644・6882)
★観覧料 一般1900円など
いたずら描きじゃないんだよ!
甲巻は11種類の動物が出てきます。まずは水遊び。ウサギさんが鼻をつまんで、お尻からどぼんとする場面から始まります。ウサギが手招きをしたり、ひしゃくを持ったウサギがサルに「お背中流しましょう」みたいなところもあります。シカの上にウサギが乗っている場面は、シカはシカのまま。甲巻には擬人化されていない動物が3種類出てきます。
続いて賭弓。のりゆみと読みます。絵巻は右から左へちょっとずつ見るものですが、しっぽに炎をともしているキツネがいて、何やっているんだろうと思って進むと、弓をつがえているウサギがいる。普通なら弓を引くウサギがいて的が出てくると思いますが、逆転しています。時間の流れが逆なんです。
鳥獣戯画は誰かのいたずら描きがたまたま残ったんでしょという人もいるのですが、これを見ると、絶対にそうじゃないと分かります。構図などを描く人が計算し尽くして描いている。そういう絵巻です。
相撲の場面も「ウサギとカエルが取り組んでいます」「カエルがウサギを投げました」という二つの時間を描いている。絵巻の手法で「異時同図」というのですが、描いた人はそうしたお作法を踏まえているんです。
日本の動物と異世界の動物 乙巻の作者はなんと…
乙巻の前半は身近な動物、後半は日本にいない動物計16種類が登場します。最初は馬。いろんな姿の馬、親子もいます。さらに牛。お母さん牛とお乳を飲む子牛、闘牛も出てきます。いずれもちょっと動きのある姿。タカや犬、ワシ、ハヤブサといて、ハヤブサはお魚を捕まえているなど芸が細かいです。
後半は霊獣編。日本にいない動物が描かれます。霊亀(れいき)や麒麟(きりん)。いわゆるキリンビールのキリンです。続いてヒョウ、ヤギがいて、トラ。これらも元々、日本にいない動物です。さらに獅子、竜、象、獏(ばく)と続く。非常に面白いのが、当時の人にとっては象がいるかいないかと、竜がいるかいないかは同じレベルだったこと。中国から来たお手本帳みたいなものに基づいて描かれています。
実はこの乙巻、甲巻の後半部分と描いている人が同じじゃないかと考えられています。甲巻は前半と後半で、例えばウサギの形が違うんです。前半はちょっとずんどうで、 着ぐるみが動いているような感じ。後半は本物のウサギを起こしたような、筋肉質なんです。人体構造に基づいて描かれている。この筋肉とかの構造まで分かっている絵師がおそらく乙巻も描いたと思われます。
丙巻 最後はアレが登場してみんなびっくり!
三つ目の丙巻は前半が人物の勝負事中心、後半が動物戯画になります。最初はボードゲーム。囲碁の勝負をするお坊さん、双六(すごろく)で身ぐるみ剝がされた人物が出てきます。泣いている奥さんと無邪気な赤ちゃんもいます。
続いて将棋。子どもと大人のお坊さんが勝負しています。このアンバランスさが丙巻の特徴です。今度は「耳引き」という芸人さんがやるようなゲームが描かれ、その首バージョン「首引き」が続きます。どうも、おばあさんは足の裏をくすぐっている。細かいところも見るべきところが多いです。
さらに見ていくと、今度は突然、動物たちが登場します。お祭りの場面で(山車に見立てて)牛に荷車を引かせ、ウサギやカエル、サルが大はしゃぎ。牛は擬人化されていません。カエルの蹴鞠(けまり)があり、サルとカエルの「験比べ」。動かないモノを念力で動かすという超能力比べみたいなものをしています。
丙巻が非常に面白いのは最後に蛇が登場して、カエルがわーっと逃げるところです。蛇はカエルをぱくりと食べますから、ここまでずっと遊んでいた話から、ぱっと夢が覚めるような形で終わっているわけです。
もともと同じ紙の裏表に描かれたものらしいというのもポイントです。1カ所に貫通したとおぼしき墨の汚れが2カ所にあるんです。また、人物と動物は別の時代、別の絵師に描かれた可能性が高い。ニュアンス、印象が全然違います。従来は鎌倉時代に作られたと言われてきましたが、紙を裏表で剝いだことによって薄くなった線に、あとから描き足したような線もあり、平安時代にさかのぼる可能性もあります。私は甲巻より古いんじゃないかと考えています。
有終の美? 有終のユーモア? 最後まで目が離せない!
最後の丁巻は人物中心の巻です。太くて淡い勢いのある線で描かれています。曲芸のシーンから始まり、お坊さんと修験者による験比べが出てきます。さっき(丙巻で)カエルとサルがやっていましたね。さらに甲巻でウサギとカエルとサルがやっていたような、法会のシーンが出てきます。
丁巻は「ヘタウマ」と言われますが、法会で振り向く貴族の顔は実はめちゃくちゃうまく描かれています。800年後に「へったなやつー」と思われたら困るから、俺は本当はできるんだぜ…という痕跡を残しているんです。描いた人はすごく頭が良くて腕の立つ人。強装束(こわそうぞく)という平安時代の終わりに流行した糊(のり)をきかせた服装と、萎装束(なえそうぞく)という糊がきいていない庶民の服装を描き分けていることからも分かります。
鳥獣戯画の歩み 切り取って持ち出した不届き者が…
この4巻から無くなってしまった場面も幾つかあります。その(抜け落ちた)部分が掛け軸になったものを「断簡(だんかん)」と呼びます。また、抜け落ちて今の形になる前に、昔の人が写した模本(もほん)というのも残っています。甲巻の失われたピースを見ると、囲碁をやっているウサギとサル、腕相撲や首引き、高飛びなどが描かれています。丙巻に出てくる囲碁や将棋は、甲巻との関係があるのでは…と推察できるわけです。
鳥獣戯画の一番古い文字の記録は、丙巻の最後に出てくる建長五年(1253年)の「秘蔵々々絵本也 拾四枚之也 建長五年五月 日 竹丸(花押)」。少なくとも1253年には鳥獣戯画があったと分かります。高山寺には、おそらく明恵上人が亡くなった後に入っています。
ここで重要な修理の話をします。東福門院、徳川秀忠の娘和子(まさこ)という人が17世紀、1650年から78年ごろ修理をしたらしいということが分かっています。少なくとも400年前に1度修理をされている。1760年頃には「鳥羽絵」という言い方で、巻物の数をカウントした記録が残っています。この時の枚数、紙の数は今と変わっていません。これ以来、誰も抜いておらず、この4巻構成も変わっていないということです。
ちなみに「高山寺」「高山寺」とはんこがいっぱい押してあるのは盗難防止。割り印になっています。
やっぱりアニメは国宝だよね え? 違う?
明治時代以降、鳥獣戯画は帝国博物館(現在の東京国立博物館)に預けられます。文部省博物局というところが明治14年(1881年)に修理しました。博物館に寄託したということは、当時の文部省の役人たちがじっくり見たということ。そのおかげか、明治32年(1899年)には、鳥獣戯画は「紙本水墨戯画 伝僧覚猷筆 四巻」として、国宝(旧国宝)に指定されます。
鳥獣戯画が漫画の元祖と言われるのは、大正時代の「日本漫画史」という本で「日本の漫画家の嚆矢(こうし)は彼の鳥羽僧正である」とされたのが影響しています。鳥羽僧正は覚猷(かくゆう)のこと。覚猷は平安時代、しゃれっ気のある絵を描くお坊さんとして有名だったので、国宝指定の際に名前が出てきたんです。
漫画の元祖と言ってしまいがちなのですが、むしろアニメの元祖と思います。亡くなったジブリの高畑勲さんが「十二世紀のアニメーション」という本で、鳥獣戯画や他の絵巻物も取り上げています。漫画は動かないですが、絵巻をくるくる巻きながら見ていくと、動物たちが動いてくるんです。
■結局謎だらけ 800年前の大喜利なのか?
鳥獣戯画は謎だらけの絵巻なんですね。いつ(制作されたのか)に関しては大きくは平安時代末から鎌倉時代。どこでは分かっていません。お坊さんが描いた説と宮廷絵師が描いた説があり、決着はついていません。よく見ていくと①甲巻の前半②甲巻後半と乙巻③丙巻の人物戯画④丙巻の動物戯画⑤丁巻―で少なくとも5人の絵師が関与していることが分かります。
甲巻の前半後半は紙の質も違いますが、ウサギさんの背中に着目すると分かりやすいです。前半はぎゅーっと一筆書きで、後半は何本かの線に分かれています。甲巻後半のとらえ方は、乙巻にも共通します。甲巻前半の一筆書きは、丙巻の動物戯画もその傾向があります。丁巻はかなり早い筆で淡い墨色です。
甲巻の断簡、丙巻にシカの暴走場面があり、丁巻では牛が暴走している。「動物暴走」がテーマの大喜利みたいです。お題があって、みんなが少しずつ変えている。法会のシーンも甲巻と丁巻にあります。
丙巻前半に大人の遊び、後半に子どもの遊び、そして他の絵巻で動物による人間の模倣…。人間がおかしなことをして、次に動物がおかしなことをする流れだとすると、丙巻の人物部分が一番古いんじゃないかと考えられます。
鳥獣戯画はただ見るだけでも楽しいんですが、絵巻同士の関連を見ていくと、それはそれで、どんどん深掘りもできます。一気に公開される貴重な機会、ぜひお見逃しなくと思います。
(参考:北海道新聞デジタル発)
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