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なまらあちこち北海道|「海猿」への訓練・函館

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TVドラマでも人気を博しました「海猿」。それ以来この世界に飛び込んで来る若者の数が増えたといいます。
しかし、現実はそんなに甘いものではありません。その現実的な訓練の動画を含めた様子を見てください。

函館の新人機動救難士3人の半年を追う

オレンジ色の機動救難服を着用した(左から)中沢悠人さん、戸嶋翔太郎さん、杉山慧さん(中本翔撮影)

オレンジ色の機動救難服を着用した(左から)中沢悠人さん、戸嶋翔太郎さん、杉山慧さん

 

 

基本の降下訓練

「降下地点よし! 降下ロープよし!」。5月下旬、函館市の郊外にある函館航空基地では、3人の新人隊員が、敷地内にある高さ12メートルの訓練用の棟からロープを使って地上に降りる訓練を繰り返していました。

3人は、戸嶋翔太郎さん(30)、中沢悠人さん(28)、杉山慧さん(27)。訓練では、腰にハーネスを装着し、右手でロープを握って自身の体重を支えながら一気に降下します。空中で静止したヘリから素早く、正確に降下することを想定し、ほぼ毎日実施。

機動救難士にとって基本となる大切な訓練だといい、正式な隊員になっても続けています。

函館航空基地内の訓練棟で降下訓練に励む3人の新人隊員

函館航空基地内の訓練棟で降下訓練に励む3人の新人隊員

 

訓練後の反省会。「右手の位置を維持しながら、もっと降下スピードを上げたい」と杉山さん。その言葉からは、実際の海難現場を思い描き、1秒でも早く要救助者のもとにたどりつきたいとの思いがにじんでいました。

 

3人の訓練を見守る副隊長の飯塚明さんは
「どんな現場、気象状況の中でも安全に降下できるように、降下の姿勢や動作を体にたたき込んでもらう」
と話します。訓練終了後、3人が使っている白色の革製のグローブを見せてもらうと、ロープを握る部分は黒く汚れ、擦り切れそうになっていました。

新人隊員が使っている革製のグローブ。手のひらの部分は黒く汚れていた

新人隊員が使っている革製のグローブ。手のひらの部分は黒く汚れていた

 

空からの救助のスペシャリスト

ヘリからの人命救助に特化した機動救難士は、全国9カ所の海上保安庁の航空基地に9人ずつ計81人配置され、北海道内では現在、函館のみに配置されています。

4月にオホーツク管内斜里町の知床半島沖で発生した観光船「KAZU Ⅰ(カズワン)」の沈没事故の際も、行方不明者の捜索に当たりました。

この事故では、知床半島を含む道東と道北の広い範囲が、機動救難士の出動から1時間以内に到着できる「1時間出動圏」から外れていることが問題となり、海上保安庁は2023年度に釧路基地にも新たに機動救難士9人を配置する方針を示しています。

 

機動救難士は、十分な現場経験を積んだ潜水士から選抜されます。函館の3人についても、戸嶋さんは釧路海保、中沢さんと杉山さんは小樽海保でそれぞれ潜水士の経験があります。

新人隊員は、着任から半年間は救助の現場に出動することはなく、先輩隊員の指導を受けながら、ひたすら訓練を繰り返し、救助技術を磨きます。

研修期間中、3人が着用していたのは青色の救難出動服。まだオレンジ色は着ることができません。研修中の中沢さんが、「オレンジ服」と呼ばれる機動救難服を着た先輩隊員たちの姿を見つめ、「オレンジ服には救助のスペシャリストとしての重みがある。着るからにはもっと訓練を積まないと」と話していたのが印象的でした。

岸壁から海に飛び込む杉山さん

岸壁から海に飛び込む杉山さん

 

「現場に想定外はなしだ」

6月中旬。新人隊員たちにとって最も過酷とされている「潜水訓練」が函館市の郊外にある志海苔(しのり)漁港で始まりました。

訓練は月2回ほどのペースで続けられます。取材をした日は、気温が14度前後と肌寒く、強い浜風が吹き付け、海には白波が立っていました。ウエットスーツを着た3人が次々と海に飛び込みます。

砂や海藻類で視界がほとんどない水中で訓練に臨む戸嶋さん

砂や海藻類で視界がほとんどない水中で訓練に臨む戸嶋さん

 

訓練では、水深3メートル地点に沈めた二つのおもりに「もやい結び」や「巻き結び」など計6種類の異なる結び方でロープを結びます。

空気ボンベと呼吸器は付けず、息を吸うためには、おもりから約5メートル離れた位置に沈められた空気ボンベと呼吸器のある場所まで泳いで移動しなければなりません。訓練では、おもりと空気ボンベのある場所を行き来しながら、ロープ結びの課題をこなします。

制限時間は20分。呼吸が制限されている上、海の中のうねりの影響で思うように体を動かすこともできません。水中の視界は1メートルもなく、戸嶋さんは訓練を中断し、途中で海面に出てきてしまいました。

「同じ潜水訓練でもプールの中と難易度が全く違った」と悔しそうな表情。中沢さんも「前が見えない不安からか、呼吸が苦しくなってしまった」と話しました。

潜水訓練中の中沢さん

潜水訓練中の中沢さん

 

潜水訓練ではこのほか、海の中に沈めた漁網を避けて泳ぐ訓練や要救助者を抱えながら海上で待機することを想定し、20キロのおもりを抱えて泳ぐ訓練も。肉体的、心理的なあらゆる負荷をかけることで、さまざまな状況が想定される海難現場でも、対応できる力を養う狙いがあるのだといいます。

訓練終了後、函館航空基地の上席機動救難士で機動救難隊長の河村隆さん(41)は、3人に厳しい口調で語ります。「現場に想定外はなしだ。想定外を想定内にしろ」

 

「空飛ぶ海猿」になる理由

3人は、1日7時間以上にも及ぶ毎日の訓練に加え、休日も筋トレやランニングなどの自主トレーニングを重ねていました。自分を追い込んでいるようにも見えるストイックさの原動力は何なのでしょうか。

鹿児島県・奄美大島出身の中沢さん。海は身近なもので、幼いころから「海に関わる仕事がしたい」との思いがあったといいます。高校時代、島を襲った豪雨災害で友人が被災。幸い命は助かったものの、避難生活などで疲れ果てた様子を見た時、「困っている人の助けになりたい」と決意しました。

高校卒業後の2012年、京都府舞鶴市の海上保安学校に入校。小樽海保での巡視船での勤務を経て、潜水士勤務時代に「もっとたくさんの人を助けたい」と機動救難隊員への思いを強めました。

降下訓練中の戸嶋さん

降下訓練中の戸嶋さん

 

札幌市出身の戸嶋さんは海上保安官になった当初、函館海保の巡視船で乗組員の食事をつくる主計科に所属していました。

「海難事故などの時に活躍できる人になりたい」との漠然とした思いはありましたが、機動救難士になることは考えていなかったといいます。この思いが変化したのは、函館海保勤務時代。函館航空基地の機動救難士たちが、日々厳しい訓練に励む姿を間近で見続け、「かっこいい」と憧れたのだそうです。「俺も救助現場の第一線で人を救いたいと思った」と力強く語ります。

レンジャー訓練中の杉山さん

レンジャー訓練中の杉山さん

 

3人の中で唯一、「特救隊」と呼ばれる海難救助のスペシャリスト部隊・特殊救難隊の一員になることを目指す杉山さん。特救隊は、全国の潜水士や機動救難士から選抜され、1万4千人いる海上保安官のうち、隊に入ることができるのは38人しかいません。

千葉県出身の杉山さんが海保入りを決めたのは、高校生の時に見た特救隊を紹介したテレビ番組がきっかけでした。人命救助のための厳しいトレーニングを積む特救隊に憧れ、「自分がどこまでやれるのか、試してみたい」と言い、「『オレンジ服』はスタート地点。救助の技術や救命の知識を学び続けたい」と話してくれました。

 

人工的に高波を発生させたプールから、要救助者役の隊員をつり上げる杉山さん(右)=玉田順一撮影

人工的に高波を発生させたプールから、要救助者役の隊員をつり上げる杉山さん(右)

 

「要救助者のため。いつも最善を尽くして」

函館を含む全国9カ所にある航空基地の新人隊員たちが一堂に会する合同研修もあります。3人は7月4~15日の12日間、横浜海上防災基地での合同研修に参加しました。

この基地には、人工的に高波を発生させる大型プールや深さ10メートルの円柱型プール、船の倉庫を模した模擬船室など、海難現場を想定した特別な設備がそろい、潜水士や機動救難士はもちろん、第3管区海上保安本部羽田特殊救難基地に所属する特殊救難隊の隊員の訓練施設としても使われています。

 

高さ40センチの波を発生させた大型プールに、訓練中の中沢さんと杉山さんの姿がありました。中沢さんは新潟航空基地の隊員と2人一組になり、「荒波」の中で助けを求めている3人を救助する想定の訓練です。

ウエットスーツ姿の中沢さんら2人はプールに入り、波をかき分けながら3人の要救助者に近づいていきます。一人一人の意識状態を確認し、順番に救助用ハーネスを装着するなどして、3人をワイヤでつり上げました。

波のあるプールを泳ぎ続ける訓練で、最後にゴールしてプールサイドに突っ伏した仲間をねぎらう新人隊員たち

波のあるプールを泳ぎ続ける訓練で、最後にゴールしてプールサイドに突っ伏した仲間をねぎらう新人隊員たち

 

「『要救』(※要救助者の意味)流されてたよな」。訓練後の反省会で、指導に当たったベテランの特救隊員が指摘しました。スムーズに3人を救助していたように見えましたが、実は、中沢さんたちが1人の意識状態を確認している間、近くにいた2人が波にさらわれかけていたのです。

要救助者が複数人いる場合、周囲への目配りは特に重要。一方で、複数の人を一度に救助しようとすると、両手がふさがるなどし、救助用機材の扱いがおろそかになってしまうことも懸念されます。

ベテラン特救隊員はこう続けます。「救助に正解はない。だからこそ、救助手順の引き出しをたくさんもっておくことが大切。いつも最善を考えてほしい」

横浜海上防災基地の屋上では、杉山さんが別の訓練に臨んでいました。3人一組のチームになり、約10メートルの崖下でけがをした人を救助するという内容で、通報内容からどんな装備を選んで運ぶのかも訓練に含まれます。

海難救助は「準備が8割」とされます。ヘリでの出動は、持ち込める機材の量が限られ、現場の状況を想像しながら短時間で救助の流れを考えなければなりません。

訓練後、チームのリーダー役だった杉山さんは「出動前に念入りに確認したけど、十分じゃなかった」と悔しそうに話しました。訓練を見守った先輩隊員は「『要救助者ははだしかも』と想像して靴を持って行ったり、岩が多い現場なら救助中に(要救助者に)けがをさせないようヘルメットを持っていってもいい。できることはまだある」と伝えていました。

なかなか大変な日々ですね。でもこうして日本の海で活躍する「海猿」たちが育っていくのですね。

(参考:デジタル発・北海道新聞電子版)

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