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「下宿」ということば、今はあまり耳にしなくなりました。どこか昭和の匂いのする言葉ではあります。消えてしまったのでしょうか? ところがどっこい。
学生気質変わり、令和で消えた? 「下宿文化」は今、どこに
(経済部デジタル委員 舟崎雅人)
それでも、ネットでの下宿生募集をいち早く始めたり、専門学校回りをしたりすることで、翌年度から現在まで12室ある部屋は満室の状態が続いています。1階で経営する定食屋はおいしさに定評があり、下宿生に提供する朝夕の食事は味、栄養バランス共に「他の下宿とは違う。何よりもしっかり食べることの大切さを伝えてきた」(ちか子さん)といいます。
家具付き、オートロック、Wi-Fiも完備と時代とともに施設を充実させつつも、食堂と玄関は共用で、お風呂とトイレも共に使う昔ながらの下宿の雰囲気を残しています。1カ月の室料は部屋の大きさによって食費込みで6万~7万円です。
10年ほど前に住んでいた予備校生は、部屋で隠れてタバコを吸ったり、酎ハイを飲んだりと荒れ気味でしたが、膝を交えて「親のことを考えたことがあるのか」と叱ると、改心。翌春無事、北海道大学に合格すると、この学生は「(親も含めて)怒られたのは初めてでした。本当にお世話になりました」との手紙を残していきました。
面倒見の良さに強い責任感
昭和の時代にはあちこちにあった下宿も、平成、令和と時代が進むにつれて姿を消していきます。道食品衛生課によると、北海道内の下宿施設数は、1993年度の269から、2021年度には113にまで減りました。この30年弱で半分以下になった計算です。
実は下宿営業を規定する旅館業法では「一月以上の期間を単位とする宿泊料を受けて、人を宿泊させる営業」と定義するだけで、多くの人のイメージする「昔ながらの下宿」とは、必ずしも合致していない可能性があるからです。
では、多くの人がイメージする「下宿」とはどんなものでしょう。大家さんや他の下宿人と同居し、食堂で朝晩の食事を共に食べ、風呂、トイレも一緒の共同生活―といった感じでしょうか。
1974年に営業を始め、来年半世紀を迎える「下宿 上野」(札幌市北区)。経営者の山下雅司さん(35)は祖父母、母から続く3代目です。飲食業界で働いていた山下さんは「住んでいる人たちに毎日提供するために食事のメニューを考え、感謝の言葉をもらえる。飲食店とは全く違います。この下宿という形態が好きです」と、2014年に下宿を継いだ理由を語ります。
山下さんは「他人に気を使ったり、自分と考えが違う人と触れる機会があることは、若い人にとって人生を豊かに送るために重要だと思います。食と住を兼ねる下宿業は、これからも必要なのではないでしょうか」と話します。
学生の下宿離れは加速
ただ、以前は周辺地域に同じような昔ながらの下宿が5軒ほど密集し、多くの学生や予備校生がひしめき合っていましたが、10年ほど前までにはすべてなくなったといいます。
プライバシーや1人の時間を大事にしたい学生が増えたことで、下宿離れが加速しました。「下宿 上野」も例外ではなく、かつて、北大生や浪人生などで占められた下宿人も、現在入居する18人のうち、社会人が大半を占め、学生は大学生と高校生がそれぞれ1人ずつだといいます。「下宿人は学生が中心」との先入観は、修正する必要がありそうです。
衰退する学生向け下宿を何とかしようと取り組んでいる企業があると聞き、ケントクリエーション(札幌)の吉田浩憲社長(65)に話を聞きに行きました。
東京の住宅メーカーの営業マンを経て、2002年に札幌で学生向け下宿を始めた吉田社長。当初は順調だったものの、卒業生が退去した後、新たな学生がなかなか集まらず、半分以上が空室になったといいます。
空いた部屋を何とか埋めようと目を付けたのが、道路や橋梁(きょうりょう)建設など各地に現場を持つ建設会社。一定期間の住居が必要になる出張者を2食付きの下宿に短期入居してもらおうと考えたのです。
企業にとってはホテルや旅館の宿泊料より格安で、下宿側は空き室を解消できます。吉田社長は「企業と下宿双方にメリットがある」と話します。
運営する下宿の一つ「ウイング東海」(札幌市南区)は、昨年まで17部屋が満室でしたが、新型コロナ禍が響き、現在の入居者は高校生が3人のみ。ここにも企業のまとまった出張者が入る予定です。
吉田社長には「下宿は礼節を学べ、教育にもなる日本特有の文化。この下宿文化を絶やしたくない」との強い思いがあります。
学生向け下宿に企業出張という顧客を開拓する―。運営する下宿以外にもこうした動きを広めるため、2009年には学生や企業向けに全国の下宿を紹介するサイト「ゲストハウスJAPAN」を開設しました。現在の登録施設は約300。2食付きで1日4900円から利用できます。
北大生はどこに住むのか
多くの北大生に物件を仲介している北大生協ルームガイドの三歩一(さんぶいち)真店長(29)によると、実家を離れて生活する北大生のおおよそ3分の2が、アパートかマンションで1人暮らしをしているそうです。5%が学生寮、残りが下宿も含めた「学生会館」に住んでいるといいます。
学生会館? もちろん聞いたことがあり、何となくイメージは湧きますが、よく考えると学生会館とはどういった施設でしょうか。三歩一さんに尋ねると、学生会館は食事付きで管理人もいる施設を指し、「この言葉を使い出したのは、共立メンテナンス(東京)さんが、ハシリではないでしょうか」と教えてくれました。
その共立メンテナンスの田中啓次郎・札幌支店副支店長(41)によると、同社の学生会館には寮長、寮母が常駐し、朝夕食は毎日手作りしています。さらに食事する共同のダイニングルームだけでなく、コミュニティースペースも設けて、学生たちが自由に交流できるようにしているといいます。
共立メンテナンスが札幌市内や近郊で展開する「ドーミー」と名付けた学生会館は、現在16棟。平均すると1棟あたり100人超が生活しており、単純計算すると、札幌圏で1600人超が同社の学生会館で生活を送っていることになります。居住者の内訳は大学生が5割、専門学校生が3割、高校生と予備校生が2割です。
北大生専用の学生会館を複数展開する広和企画(札幌)は1986年に創立し、これまで5千人超が巣立ったそうです。同社の定広典子社長(56)は物価高騰が加速した昨年ごろから、「学生たちの二極化が進んでいる」と実感しているといいます。
同社が北大周辺で展開する施設は7カ所。風呂トイレなしで月額4万円台の部屋から、高級マンションのような10階建てで約32平方メールの広さの月額8万8千円のタイプまで幅広くそろえていますが、この両極に位置する物件がいち早く埋まっていくといいます。
人付き合い求める思いは変わらず
コロナ禍が落ち着いた今年、共同風呂がある学生会館からは、学生たちが大きな声で楽しそうに談笑する声が聞こえるようになりました。定広社長は、学生たちが昔と変わらず人とのつながりを求めていることを感じたといいます。
そう捉えれば、共同生活を送りながら人と人が触れ合いつつ人間関係を学ぶ「下宿文化」は、従来の下宿の形態を維持しようとも、またはそれを時代に合わせて変えようとも、生き続けているような気がします。
(参考:北海道新聞Dセレクト)
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