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カット、パーマ……。そこに、あえて「会話なし」を加えている美容院の斬新なメニュー欄が、ツイッターで話題です。「苦手を武器にする天才」と賞されたメニューを作った美容師に話を聞きました。
「20年待ってました!」
話題になったのは、とある美容院のメニュー欄を紹介した投稿です。 <会話が苦手な友人の美容室。苦手を武器にする天才かよ> そんな文章に、美容院のネット予約のメニュー画像を添付しています。 そこには「会話なし」「静かに(会話少なめ)」など、見慣れない表記が。 この投稿には16万件超の「いいね」がつき、「これは需要ある!」「初めて入ったお店でいろいろ聞かれるのが嫌だった……」「こんなサービスを20年待ってました!」など、共感が広がりました。
「克服」した苦手意識
話題になった美容院に話を聞いてみたい。でも、「会話が苦手な方だったらどうしよう……」。おそるおそる電話すると、対応した野口高宏さん(40歳)は、「いや、(会話)普通の美容師レベルで行けますよ(笑)」と、とても気さくな方でした。 野口さんの店は、東京・二子玉川にある美容院「hair-works-credo クレド」。
店は外の視線が気にならない3階にあり、マンツーマンの接客が売りです。 野口さんは18歳で美容師になり、原宿などで腕を磨き、2011年にクレドをオープンしました。 「カット+会話なし」という美容院であまり見かけないメニュー。 加えたのは、クレドを初めて3年経ったころだったと言います。 ある記事で、イギリスの美容院が「サイレントルーム」を設けていると知ったからでした。
「うちもいけるじゃん」 マンツーマンの店だから、美容師が話さなければ、静かな空間を作ることができる――。 でも、メニューに「会話なし」を加えるには葛藤もありました。 駆け出しのアシスタント時代からたたき込まれた、「しゃべってこい」の精神。 「お金を払ってもらっている以上、楽しませないと」 「お通夜みたいな仕事してんじゃねーよ!」 先輩美容師からは、そうしごかれました。 今でこそ「しゃべるのは苦ではない」”フツウ”の美容師となった野口さんですが、アシスタント時代は、話すのは苦手。
「美容師って、不器用で人見知りな人、多いと思いますよ」 だからこそ、閉店後は遅くまでカットを練習し、日中は接客で会話術を身に着け、話した内容は次の会話につなげられるようにメモして……。 そうして、「苦手」を克服してきました。
メニューに「会話なし」を入れてもいいのか
まず、ツイッターで検索しました。
『美容室 会話 嫌い』
……けっこういる。
「なんだ。すげえ頑張ってしゃべってたんだけどな」
ツイッターでは「コミュ障だから美容室行けない」という人も見かけて、「ぜひ来て欲しい」とメニューに入れることを決意。
体得した「美容師のアイデンティティ」が削られるような気持ちにもなりましたが、「それは、この人たちは求めていないんだからな」と笑います。
「カット+会話なし」のメニューを選ぶ客は全体の2~3割にもなりました。
それまで来ていた客が「会話なし」を選ぶときも。
「何か嫌なこと言っちゃたのかなって気になりますけど……。でも、カットを気に入ってくれたなら、まあいいかって(笑)」
おなじみの「アレ」も聞かない
ちなみに、「会話なし」だとこんな接客になるようです。
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《来店時のあいさつ》「こんにちは」
《席に誘導》
※ネット予約の備考欄に、すでにカットの要望を細かく書き込んでいるお客様もいる。その通りでカットできそうな場合。
《カウンセリング》「備考欄の通りでいいですか」「はい」
《シャンプー》無言
~~~~
「え、『湯加減は熱くないですか?』とか『かゆいところないですか?』も聞かないんですか?」と驚いた筆者。野口さんは笑います。
「聞かないですね。だってアレ聞かれて、どうですか?」
「あ、大丈夫です、以外ないですね」
「ですよね」
ちなみにメニューには「会話少なめ」というのもあります。この場合だと、お客様の反応を見つつ、対応するそう。
「会話あり」が良い場合は、メニュー欄の普通の「カット」で予約します。
「会話なし」「会話少なめ」を選んだお客様には、野口さんから必要以上に話しかけることはありませんが、最後まで本当に「会話しない」というお客様は、ほとんどいないそう。
客がふと話したくなってしまう。これも野口さんの人柄かもしれません。
ご新規7人「会話なし」で
メニューに「会話なし」を加えて7年。 今回ツイッターで注目を浴びたことに、最初は気付きませんでした。「やばいことになってる」と投稿した友人、ネット予約の会社の人から連絡があって、知りました。 1日に新規の方7人から「会話なし」の予約が入ったそうです。「すごいですよね」 とはいえ、「会話なし」の客ばかりになったら、さすがに寂しくないですか? 筆者が尋ねると、野口さんは「会話が好きな既存のお客様もいらっしゃるので、大丈夫です」「お互い良い感じにできれば良いんじゃないですかね」と笑いました。
「会話なし革命」を見たほかの美容師は?
今回、野口さんの話を聞いて、美容師さんの「会話」のための影の努力を知りました。 一方で、ツイッターでは「美容師にプライベートを聞かれて嫌」などの声もありました。 「どうしても楽しませるための『会話の糸口』を探して、『今日はお休みですか?』から入っちゃうんですよね」と野口さんは、「根掘り葉掘り」にならざるを得ない「会話練習中」のアシスタントたちの気持ちを代弁します。
「会話なしメニュー」の反響に、他の美容師たちは、複雑な心境なのでは、と思い聞いていました。 今回、ツイッターでバズった投稿をした、美容師の伊藤博之さん(@hironcare)。 野口さんの中学校からの親友で、東北で「Natural」というくせ毛専門店を経営しています。 同じ美容師としては、野口さんの「革命」、どう思っているのでしょう。 「お客様のためにこのスタイルを選んでいる事に脱帽です」と伊藤さん。
伊藤さん自身も、22年、美容業界にいて「美容師は流行を作れなきゃダメ」と教わってきました。美容師なら当然とされた「おもてなし」のスタイル。「今思えばその頃からずっと、『会話は不要』というニーズはあったと思います」と振り返ります。 今回の反響で改めて「お客様が求めるおもてなしは『察して動いて欲しい』から、『察してそっとして欲しい』にシフトしているのかも」と感じました。
価値観が多様になって、細やかなニーズが顕在化した今。 「そのニーズを細分化させて、技術や個性を特化させた美容師が求められている」と話した伊藤さん。 ニーズにアンテナを張り、新しい「流行」を作っていこうとしています。
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