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なまらあちこち北海道|精神科医、香山リカさん、診療所に・穂別

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北海道新聞にエッセイの連載をしている精神科医の香山リカさんが、鵡川町穂別の診療所に着任しました。その理由や行動とはどんなものでしょうか。

香山リカさん(舘山国敏撮影)

札幌市出身の香山リカ(本名・中塚尚子)さん(62)が、胆振管内むかわ町の町国保穂別診療所の副所長に就任して今春で1年になる。東京の精神科医から、地域のプライマリーケア(初期診療)を担う診療所の勤務医への転身で見えてきた新たな景色について聞いた。(苫小牧報道部 磯田直希)

穂別の高齢者は元気。最大限のケアで支えていく

昨年4月、副所長に就任し、仕事の環境が大きく変わりました。戸惑いはなかったですか。

 「実は、道内でへき地医療に携わる考えはなかった。穂別に来るつもりはなかったんです」

え、そうなんですか。

 「そもそもミャンマーへ行こうかな、と。というのは、アフガニスタンなどで人道支援活動をしていた医師の中村哲さんが2019年12月、武装集団に銃撃されて亡くなられましたよね。直接お会いしたことはないですが、とても尊敬していました。そのニュースを知り、同じように紛争地域や貧困に苦しむ国で医療活動をしたいと思い始めたんです。その後、医療ボランティアに取り組む日本のNPO法人『ジャパンハート』がミャンマーに病院を設立して活動していると知り、下見の準備を進めていたころ、新型コロナウイルスの流行が始まったんです」

それで、渡航は断念したと。

 「そうです。ただ、中村医師は『一隅を照らす』という言葉を座右の銘として講演などで引用していました。渡航を断念後、改めてその言葉について考え、『目の前の患者を治療する』という医療の原点として捉えました。それで、医師不足に悩む国内のへき地医療を志すようになったんです。大学卒業以来、精神科医の活動が長かっただけに1人体制の診療所勤務は難しいと思って。偶然、北海道地域医療振興財団のホームページ(HP)で穂別診療所の求人が目にとまりました。所長の夏目寿彦さんが長年勤めていらっしゃるし、ここなら、と決めました」

慣れるまでは大変だったのでは。

 「赴任前から週に1回、東京医科大付属病院の総合診療科で外来を受け持ち、2021年からは総合医育成プログラムも受講してきたんです。いざ赴任すると、当然ですが、多くの方がさまざまな病気で通院し、それぞれに薬を処方されている。その薬を覚えることが大変でした。精神科とほかの科では処方される薬が全く違う。効果や適切な分量など、今でも一人一人、ガイドブックで確認しながら処方しています。さらに、訪問診療やワクチン接種、健康診断や学校医の仕事もあり、診療所の内外で穂別の保健医療に携わっています。精神科医として心のケアにも取り組みたいのですが、その余裕がないくらい忙しいです」

赴任後、講演会などで、たびたび「穂別の高齢者は元気」と紹介されていますね。

 「本当に元気ですよ。道ばたで会うと、大きな声であいさつをしてくれます。作った野菜を診療所や私の自宅に届けてくれる方もいるんです」

診療所に隣接する特別養護老人ホームへ往診に向かう香山さん

診療所に隣接する特別養護老人ホームへ往診に向かう香山さん

元気の源は何でしょう。

 「むかわ町穂別地区の人口は約2300人。首都圏と比べれば圧倒的に少ない。お店だって少ないし、自然環境も厳しい。その分、住民同士が顔見知りの関係で、互いに助け合おうという地域コミュニティーの強さを感じます。土地が広く家庭菜園や園芸が趣味の高齢者も多い。互いに野菜を譲り合い、雪解けの春を楽しみに待ち、豊かな心で生活できている。そんな暮らしが、元気につながっているのではないでしょうか。実際に、どなたも『穂別で最後まで暮らしたい』という思いが強いと感じています」

こうした高齢者らを支える地域の体制は充実していますか。

 「穂別診療所には町の福祉課が併設され、穂別地区の社会福祉法人『愛誠会』が運営する特別養護老人ホームも隣接し、医療、介護、福祉のトータルケアが地続きにつながっている。穂別では医師と町職員が情報を共有し、素早い対応が可能です。これに地域コミュニティーの強さも相まって、体力が落ちたり、認知症のような症状が進んでも1人で暮らしていける方が多いのでは。東京ではなかなかあり得ない環境ですね」

それでも、穂別地区にも課題はあるのですね。

 「札幌などの都市部からは離れており、高度医療を受けられない患者もいる。定期的な通院となると家族の協力が欠かせない。近くに親族がいない高齢者の場合、訪問診療も行い、元気に暮らせるよう最大限のケアをしています。高齢化により、こうした事例が増えているのが実態です」

医師の負担は。

 「大きいですね。むかわ町の常勤医は鵡川地区に3人、穂別地区に2人。平日は休めず、当直勤務は2日に1回です。とはいえ、道内の他地域では1人体制も多いと聞くので、むかわ町は恵まれているのでしょう。私自身、週末に休みをもらい、東京に戻って精神科医としての診療や執筆などの活動も続けさせてもらっていますので。従来のへき地医療は年中無休で医療を届けるという悲壮なイメージがありました。でも、月のうち1~2週間をへき地で勤務するなど複数の拠点で働くことも可能ではないでしょうか。若く最新の知識を持つ医師がいれば地域の医療環境も向上し、医師としても専門を極めつつ初期診療に関わることができる。双方にメリットがあると思います」

むかわ町は、2018年9月の胆振東部地震で被災しました。その影響を感じますか。

 「幸いなことに、地震の恐怖から心的外傷後ストレス障害(PTSD)などを発症したという方には出会っていません。ただ、夫婦で支え合っていた高齢者が地震で自宅を失い、片方だけが老人ホームに入所せざるを得なくなったり、経営していた店を閉めることになったりと、これまでの生活ができなくなった住民は多い。症状はなくても、悲しみや傷を抱えて生活されている方はいると思う。長い目で見守りたいですね」

穂別に来た理由の一つに「恐竜」を挙げられていました。

 「私は恐竜が大好きで、13年に道内初の新属新種の恐竜『カムイサウルス・ジャポニクス』(通称・むかわ竜)の化石が発見されたというニュースを見た時から、穂別の名前は知っていました。そのむかわ竜が発掘された地区で、町立穂別博物館が近所という立地に興味がわいたこともあり、診療所の応募に手を挙げたんですよ」

穂別地区では博物館の建て替えを含む再整備計画が動いています。ワクワクしません?

 「もちろん、新しい博物館ができるのが楽しみです。私も住民の1人として(館の魅力を)発信するお手伝いができれば。既存の博物館では、むかわ竜の全身化石の一部しか展示できないほどスペースが狭い。むかわ竜の全身化石を筆頭に貴重な化石を余すことなく展示できるスペースを備え、過去を学び、未来を考えられる場所になってほしいですね」

新年の抱負を。

 「赴任1年目の昨年は、右往左往してばかり。今年は目の前の患者さんが病院から帰った後の心のケアにも目を向けたい。それに、約20年前に始まった映画づくり。昨年11月に亡くなられた映画監督の崔洋一さんと共に、住民が最終的に全5作となる映画『田んぼdeミュージカル』を製作しました。穂別の高齢者は熱意とユーモアにあふれ、70代くらいの住民の中には『また映画をやりたい』と話す方もいます。こうした穂別独特の文化にも参加したいと思っています」

<略歴>

かやま・りか(本名なかつか・なおこ) 1960年、札幌市生まれ。中学まで小樽市で育ち、東京の高校に進学。東京医科大卒。小樽第2病院、立教大現代心理学部教授(精神病理学)などを経て2022年4月から現職。香山リカのペンネームで執筆や講演活動をしており、現代人の心の悩みを中心に各種メディアで発信している。北海道新聞生活面(現くらし面)では2003年からエッセーを連載。著書に「デジタル依存症の罠(わな)―ネット社会にどう対応するか」(さくら舎)「もっと、自分をいたわっていい」(新日本出版社)など。北海道日本ハムファイターズのファンでもある。新球場「エスコンフィールド北海道」(北広島市)について「3月30日の開幕戦も見に行きたい」と期待を寄せる。ただ、この日は平日。今から休みをとれるか交渉中だという。

<ことば>一隅を照らす

平安時代の僧で天台宗の開祖最澄が書いた「山家学生式(さんげがくしょうしき)」にある一節「一隅を照らす、此(こ)れ則ち国宝なり」に由来。「一隅」とは「片隅」や「今、自分がいる場所や立場」を指し、「自分の置かれたポジションで世の中を照らし、社会や人の為に尽くす人間は国の宝である」(天台宗公式HP)という教え。福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」の現地代表として、パキスタンやアフガニスタンで医療活動を行い、井戸や用水路の建設にも取り組んだ中村哲医師が座右の銘として好んで引用した。

<取材後記>

昨年11月末現在の穂別地区の人口は2327人、高齢化率は43%。過去10年間で人口は約700人減り、高齢化率は10ポイント近く上昇した。地震の影響もあり、人口流出と高齢化に歯止めがかからない。しかし、香山さんの目には「明瞭な四季に豊かな自然。首都圏の人がお金をかけてまで求めるものが簡単に手に入る」と映っていた。周囲にあふれる地域の魅力を教えてくれた、香山さんのような「よそ者」の視点を大切にしたい。

(参考:時事メディカル、読売新聞オンライン、北海道新聞電子版)

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