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「とうきびモナカ」っておいしいですよね、しかもアイスなのに冬でも手に入ります。これだけ人気の商品が北海道の企業が作っているのではないのです。それはこういう事情がありました。
なぜロッテ? 「とうきびモナカ」を探ってみたら、あの事件に行き着いた
北海道内のコンビニエンスストアやスーパーマーケットのアイスクリーム売り場で、ひときわ目立つ「北海道とうきびモナカ」(希望小売価格172円)。北海道に住んでいる方なら、どこかで見たことのある商品ではないでしょうか。
パッケージを開けると目に飛び込んくるのは、一粒一粒までしっかりと描かれたモナカの皮。その中には、トウモロコシの風味豊かなアイスがぎっしり入っています。
この商品、道外では売っていない、北海道限定の商品です。でも、見たことや食べたことはあっても、どこのメーカーの商品なのか、知らない方が多いのではないですか? パッケージの上の方を見ると…
「LOTTE」そう、ロッテです。
北海道内にロッテの工場はありません。正直、北海道とあまり縁が深い印象はないロッテ。なぜ、北海道だけで流通する「とうきびモナカ」を販売しているのでしょうか。
「『とうきびモナカ』は1960年代から北海道のみで販売している歴史の長い商品なんです」。東京のど真ん中にある新宿区の本社でロッテのマーケティング本部アイス企画課リーダー、渡辺和哉さん(36)が教えてくれました。正式に販売がスタートした年ははっきりしないそうですが、半世紀以上にわたって北海道民に愛されてきた商品なのだそうです。
でもなんでロッテが北海道限定の商品を展開しているのでしょうか。その理由を、渡辺さんに聞くと、意外な答えが返ってきました。
「実は商品販売スタートのころは、ロッテの商品ではなかったんですよ」
え? ロッテの商品ではなかったの?
きっかけは、社会を揺るがした「あの事件」
「とうきびモナカ」の足跡をたどると、北海道発祥の企業が23年前に起こし、社会を揺るがした事件にたどり着きました。
「私は寝てないんだ」。エレベーターの中で当時の社長が叫んだこの言葉を覚えている方も多いのではないでしょうか。
雪印乳業大阪工場の製造した低脂肪乳などから発生した食中毒事件。最終的な被害者数が1万3420人にも及んだ、前代未聞の規模の事件でした。
当時、乳製品のトップブランドだった「雪印」。その信頼が事件によって大きく傾きました。
「とうきびモナカ」は、雪印乳業が製造、販売する、スノーブランドがついたアイス商品でした。
事件後、その運命は大きく揺れ動くことになります。
事件の影響で、売り上げが減少し、多額の経常赤字へと転落した雪印乳業はグループを再建するため、関連事業の売却を進めます。
アイスクリーム事業は食中毒事件から2年後の2002年、ロッテが80%、雪印乳業が20%を出資して設立した新会社「ロッテスノー」に引き継がれました。雪印乳業が手がけていた主力商品「バニラバー」などと一緒に、「とうきびモナカ」もこのとき、雪印乳業からロッテスノーに移管されました。
雪印グループでは2002年には雪印食品の牛肉産地偽装事件も明らかになります。グループはさらに窮地に陥り、雪印食品は解散を余儀なくされます。アイスだけにとどまらず、グループ事業は次々に売却され、雪印乳業の連結売上高は2000年3月期からの5年間で1兆円近く落ち込みます。
食中毒事件が発生した2001年3月期と比べると、その後により大きく連結売上高が減っていることがわかります。かつて、北海道を本拠に1兆3千億円近い連結売上高を誇っていた雪印乳業は、事件後の経営再建のため、企業規模を大幅に縮小せざるを得なくなっていきました。
もっとも、ロッテはアイス事業を引き継いだ時点で、北海道限定商品だった「とうきびモナカ」の生産を中止することもできたはずです。なぜ、ロッテは残す決断をしたのでしょうか。
「もうその当時から、『とうきびモナカ』は北海道に根付いた商品だったんです。だから、辞めるというよりもむしろ、これを機に積極的に北海道でアイスの市場を拡大していきたいと考えていました」(ロッテのアイス企画課リーダー、渡辺和哉さん)
ロッテスノーは設立から2年後、さらに道内限定商品を増やす決断をします。
「あずきアイス」と「チョコバナナ」。現在も北海道限定で販売されている二つの商品は、2004年にロッテスノーが発売した新商品でした。
「北海道は冬場でも室温が暖かく、アイスがよく売れる地域です。もちろん夏の方が売れる量は多いのですが、季節の変動が他の地域より少なく、とても安定したアイスの市場なのです。だから、北海道に注力し、ラインアップを増やす方向になりました」(渡辺さん)
トウモロコシと小豆は北海道が産地なので分かるのですが、なぜ、チョコバナナが北海道限定の商品として選ばれたのでしょうか。「より多くの人に好かれる味としてチョコバナナを選びました。3品とも当時からパッケージも味もほとんど変わっていないんですよ」
2008年、ロッテスノーはロッテブランドのアイスクリームを作っていたロッテ冷菓と合併し、現在のロッテアイスという会社に再編しました。このタイミングで、雪印乳業の資本はなくなり、家庭用のアイス事業から完全に撤退しました。再度の経営体制の変更でしたが、ここでも道内限定品3種は残り、現在に引き継がれています。
「あずきアイス」と「チョコバナナ」の希望小売価格は今でも97円。求めやすい価格も、長く北海道限定商品として続く秘訣(ひけつ)かもしれません。
製造しているのはセコマグループ
ただ、商品を残し続ける決断の過程では、さまざまな葛藤もあったようです。長寿商品として残る裏で、意外な企業の関与がありました。
雪印乳業時代にアイス商品を製造していた札幌工場でアイスの製造をしなくなったときが存続の最大のピンチだったかもしれません。そのとき、製造を引き受けたのが、セコマグループのアイス製造会社、ダイマル乳品(留萌管内羽幌町)でした。2005年4月から、ロッテスノーの3品の製造を受け継ぎ、相手先ブランドによる生産(OEM)をしています。
「冷凍でずっと運ばなければいけないアイスは、とにかく物流費が高い商品です。北海道だけで売る商品を本州の工場で作って送るという形は取りにくい。ダイマルさんが引き受けてくれたことで、限定商品が残せたという側面もあります」(渡辺さん)
ダイマル乳品は多くのセコマブランドのアイス商品を製造しています。セコマのアイス売り場で「とうきびモナカ」などロッテの地域限定商品が多く販売されている背景には、製造を巡る関係が影響しているようです。
なぜ、全国展開をしないのか
北海道内限定の3種の商品については、乳原料だけでなく小豆やトウモロコシなどの原料にも道産品を使っています。
人気は安定しているそうです。「全国ブランドの『クーリッシュ』や『爽』、『雪見だいふく』などに比べると北海道内でも販売量は少ないですが、購入される方の1人あたりの販売量が多い商品なんです。愛着を持ってくれている方がたくさん買ってくれているので、売り上げは安定していますよ」(渡辺さん)
全国ブランドのロッテが販売しているのだから、「とうきびモナカ」を全国区の商品にすれば、もっと売れる気もします。雪印乳業から引き受けて20年ほど、市場を北海道だけに限定し続けているのはなぜでしょうか。
渡辺さんによると、実は10年ほど前には、道外での販売も検討していたそうです。
でも、結果として断念することになりました。「やはり、製造できる量に限界がありますから」。ロッテは「とうきびアイス」など北海道内限定3品について、大々的な宣伝やキャンペーンなどもしていません。「一時期だけドーンと売り上げが立ってしまうと、ダイマル乳品さんの工場に負荷をかけることになってしまいます。道民に愛されている商品としてこれからも安定して販売していきたいと思っています」。道外での販売は北海道フェアなどの機会に限っているのだそうです。
ロッテが地域限定の定番品として展開している商品は、全国でも北海道のこの3品だけ。北海道内の根強いファンの存在が、会社は変わっても残り続けるロングセラーを支えています。
(参考:北海道新聞Dセレクト)
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