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なまらあちこち北海道|67歳でデビュー、遅咲きの新人漫画家

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67歳で漫画家デビューとは!その名が「ハン角斉」だそうです。「はんかくさい」とは「馬鹿だ」という意味の北海道弁です。なかなか遊び心を持った方のようですね。

十勝管内幕別町のハン角斉さん、短編集を出版<北の漫画家たち>

 還暦を過ぎて初の単行本を出版した新人漫画家が、十勝管内幕別町にいます。「67歳の新人 ハン角斉短編集」(小学館、715円)を執筆したハン角斉(はんかくさい、本名・三浦吉文)さん(67)。整骨院を営みながら20年近く投稿生活を続け、少年時代からの夢だった漫画家デビューを果たしました。
整骨院の仕事を終え、夜中に漫画を描くのが日課のハン角斉さん(北波智史撮影)

整骨院の仕事を終え、夜中に漫画を描くのが日課のハン角斉さん(北波智史撮影)

 短編集は2022年9月末に全国の主要書店や通販サイトなどで発売され、反響を呼んで11月に増刷されました。自分では理解できない逆境でもがく主人公の姿などを細かな線で描き込み、不条理な世界観を醸し出す―。女性にもてない男が謎の収容施設からの脱走を図る「眠りに就く時…」や、殺人犯として指名手配された男の回想が意外な事実となって浮かび上がる「山で暮らす男」など、6作品を収録しています。
 タイトルにあるペンネームは「一発で覚えてもらえるように」と、北海道弁で「ばからしい」という意味の「はんかくさい」にかけたそうです。
もてない主人公が男女の愛を妄想する「眠りに就く時…」などを収めた「67歳の新人 ハン角斉短編集」の表紙Ⓒハン角斉/小学館 ビッグコミックスペリオール

もてない主人公が男女の愛を妄想する「眠りに就く時…」などを収めた「67歳の新人 ハン角斉短編集」の表紙Ⓒハン角斉/小学館 ビッグコミックスペリオール

 ハン角斉さんは十勝管内新得町出身です。小学1年の時には、すでに漫画に熱中しており、手塚治虫の「鉄腕アトム」をまねて描いていたそうです。周囲の友人から絵を褒められるうちに「自然と漫画家になるものだと思っていた。石ノ森章太郎の『マンガ家入門』も読んでいた」と話します。

 ところが地元の高校に入学するころになると、「自分だけの個性的なキャラクター」が描けないことに気付きました。在学時に「月刊漫画ガロ」に送った人生初の投稿作品は「雰囲気はあるけど絵がイマイチ」という評価。以降は7、8年ごとに数ページ描き出しては、未完で断念することが続きました。「ストーリー作りまで進めない。漫画家の夢も自然消滅してしまった」と振り返ります。

 地元の高校を中退し、その後、都会に憧れて東京都八王子市の夜間高校に編入しました。卒業後は都内の材木店やごみ収集の仕事に就きましたが、対人関係にストレスを感じ、自営業で働ける柔道整復師の資格を取得。十勝に戻って30代半ばの時、十勝管内芽室町に整骨院を開きました。

顔にあざを持つ少女との恋を描いた「模様」Ⓒハン角斉/小学館 ビッグコミックスペリオール

顔にあざを持つ少女との恋を描いた「模様」Ⓒハン角斉/小学館 ビッグコミックスペリオール

 開業直後、人生の転機になる漫画に出合います。写実的な筆致と美しい男女の絵で定評がある漫画家・池上遼一さんの新人時代の作品を読んだのです。「確かにうまいけど、めちゃくちゃ上手という訳ではなかった」

 それまでは「才能がある人は違うな」と思っていたハン角斉さんでしたが、「どうやってここまで美しい絵が描けるようになったのか。才能ってなんだろう」と自問し、池上さんが一流になるまでの努力を悟ったといいます。

 考え続けた末、「池上先生は美しい絵を描きたいと思って描いている。自分がオリジナリティーのある絵が描けないのは目的がないからだ」との結論に至りました。そして、美しい絵にも憧れつつも、今後、自分は大好きな「あしたのジョー」や「めぞん一刻」のように、味のあるキャラクターを描こうと誓いました。

6・5畳の仕事場で、漫画家デビューまでの道を振り返るハン角斉さん。手前はペン入れ前に繰り返し練習したキャラクターの絵

6・5畳の仕事場で、漫画家デビューまでの道を振り返るハン角斉さん。手前はペン入れ前に繰り返し練習したキャラクターの絵

 実際に本格的に漫画を描き始めたのは、結婚して子育てが落ち着いた45歳からでした。整骨院の待ち時間や仕事終わりに創作を続け、53歳の頃からは年1、2作のペースで執筆。憧れの作家が連載した漫画雑誌「ビッグコミック」の漫画賞を中心に応募しました。20回以上落選しましたが「一作一作完成させることで、技術的な進歩や自分の未熟な部分に気付いた。それが楽しくて苦労には感じなかった」。

 そんな中、2019年に短編集の表紙にもなった「眠りに就く時…」が秋の小学館新人コミック大賞青年部門で最終選考まで残り、奨励金10万円を手にしました。漫画を描き続けて初めて結果が残った瞬間――。この時、64歳でした。

短編「眠りに就く時…」。謎の収容所で暮らす主人公が「もてない男が入れられているのでは」と考える場面から始まるⒸハン角斉/小学館 ビッグコミックスペリオール

短編「眠りに就く時…」。謎の収容所で暮らす主人公が「もてない男が入れられているのでは」と考える場面から始まるⒸハン角斉/小学館 ビッグコミックスペリオール

 「ビッグコミックスペリオール」副編集長の小鷲夏之さん(48)は「狂気じみている執拗(しつよう)な書き込みで、丹念に時間をかけたことがよく分かった」と振り返ります。「うまい下手ではなく、オリジナリティーのある絵柄なんです。『もてない男が収容されている』っていう不条理な設定も面白くて、1ページ目から読み手を引き込む魔力がありました」と評価します。

 他の編集者からは「年齢が高すぎる」「絵が古い」「面白いけど商業的に成功できないのでは」などの否定的な意見もありましたが、小鷲さんは担当編集者に手を上げたそうです。「作品から、もっといい絵を描きたいという気持ちが伝わる。高齢だけど、まだまだ伸びるし面白くなる」と直感したといいます。

 小鷲さんのアドバイスを受けながら描き上げた次作「山で暮らす男」は、2020年にスペリオール主催の新人賞を受賞。編集長から高い評価を受けてスペリオールに掲載されました。その後は次々と読み切り作品を発表し、2022年、単行本の出版までこぎ着けました。
気さくな人柄のハン角斉さん。現在は十勝管内幕別町で整骨院を営む

気さくな人柄のハン角斉さん。現在は十勝管内幕別町で整骨院を営む

 ハン角斉さんは整骨院の仕事を終えた午後9時から翌日午前4時までを執筆時間に充てています。描いては休憩を繰り返しながらネームや下書き、ペン入れを行い、30ページ前後の作品を完成させるまでは3カ月の時間を掛けるそう。執拗とも評される細かい線描ゆえですが、「描き込みの多さは自信のなさからなんです」と謙虚に語ります。

 作品の最初の読者はいつも妻の慈子さん(69)だそうです。「ここ分かりにくいよ」「題材が悪いのかも」と、時に辛辣(しんらつ)な言葉を交えながら、何年間も漫画を描き続けるハン角斉さんを支え続けてきました。締め切り前には整骨院を閉めることが増え、収入は減りました。それでも、夢だった漫画家の道を歩み出したハン角斉さんを、慈子さんは「全国の皆さんに読んでもらえるのはすごいよ」と喜んでくれました。

 単行本の出版は、整骨院を訪れる人たちにも伝え、「そりゃすごいねえ」「読んでみたい」と驚かれたといいます。けれども、いまだに漫画家としての実感はないといい「面白い作品を描かなければ次は載せてもらえない。初めて雑誌に載ってからの3年間、ほぼ年中無休で漫画に向き合っています」と語ります。

 現在は、過去に未完で終わっていた作品の構想を改めて練り直し、次回作を執筆中です。「自分の漫画家人生はまだ始まったばかり。常にチャレンジャーのつもりで面白いものを描き続けたい」と語っていました。

(参考:北海道ニュースレター)

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