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12玉もの量を使う焼きそばに、作る方も作る方ですが、それを食べるお客さんもいるってことでしょう。凄いですね。
ソウルフード? 大盛り「やきそば屋」が移転 愛され続けるワケは
「これでもくらえ」「死んでも知らねえ」。学生生活を札幌で過ごした方なら、こんなネーミングの焼きそばに懐かしさを覚える方も多いかもしれません。最大12玉分の超大盛りで知られる「やきそば屋大通り店」。
37年間、札幌市営地下鉄大通駅で親しまれた店が11月10日、「やきそば屋駅前本店」として札幌駅前に移転しました。リニューアルオープンしても、大盛り焼きそばは健在です。なぜ愛されるのか。「札幌っ子のソウルフード」とも言われる大盛りや焼きそばの歴史を追いました。(報道センター 出井一彰)
札幌駅前に移転
新たな店舗は札幌市中央区北4西5「アスティ45」ビルの地下1階。移転初日、真新しい12席のカウンターと、テーブル2席をお客さんが埋め、券売機の前には列ができていました。店内には香ばしいにおいが充満し、鉄板に弾むヘラの音が響きます。
初日に訪れたお客さんは約250人。北海道の実家に帰省したのに合わせ、スーツケースを片手に来店した大学4年生(22)は
「初めて来たのは高校生の時です」
と笑顔を見せながらジャンボ焼きそば(2玉)を注文しました。
「常連客から『おめでとう』と言われてうれしかった」
と語る店主の須坂順一さん(52)は新店舗での営業に意欲をみなぎらせていました。「腹一杯食べて満足してほしい。お客さんの笑顔が何にも代え難いやりがい。だからこそ、変わらない味を提供して、今まで以上に店を盛り上げたい」
盛りの高さ30センチ、重さ3キロ
店の入り口には移転前から続く“名物”とも言える、ひときわ目をひくショーウインドーがあります。並んでいるのは、焼きそばの「盛り」を示すサンプル。
1玉の「並」(380円)、1・5玉の「大盛」(460円)と次第に玉が増えていくに連れ、メニューの名前もとがっていきます。7玉は「これでもくらえ」(1300円)、9玉は「死んでも知らねえ」(1600円)、12玉は「信じられねえ」(2100円)です。
最も量の多い「信じられねえ」になると、盛りの高さは約30センチ、総重量はおよそ3キロになるそうです。
もう一つの特徴が、味付けのない焼きそばに、自分好みで味付けしていくスタイルです。卓上には、酢やしょうゆ、ソースのほか、ラー油、キムチソース、特製ソース、ゴマ酢しょうゆ、カレー味ソース、焼き肉味ソース、マヨネーズなどの調味料が並びます。
味付けのない焼きそばを提供し続ける理由は何なのでしょう。
須坂さんは
「結局味をつけてしまうと一つの味になってしまう。自分で好きなソースを好きな量だけかけて味わえる。たとえ同じ組み合わせでも、ソースをかける度合いによって味も変わる。これが味付けの焼きそばだったら、毎日食べられない」
と説明します。
「お客さんが座ったら、すぐ出せるようにする。提供スピードに驚いてほしい」とも須坂さんは話します。厨房(ちゅうぼう)では一度に24玉の麺をサラダ油で炒めています。早いときは、注文してから提供まで1分を切ることもあるといいます。
37年間、大通駅で営業
「やきそば屋」は37年間、地下鉄大通駅の地下街で常連客に愛され続けてきました。屋台のようなレトロな雰囲気を記憶されている方も多いかもしれません。「大通り店」が入っていたビルの再開発が予定されているため、移転を決めたそうです。
大通り店での最終営業日だった10月26日には約180人が訪れ、午後5時半ごろには麺が売り切れのため、のれんを下ろしました。足を運んだ多くの方の言葉に、この店の焼きそばに対する愛着がにじんでいました。
100回以上通い、この日も一番客として開店前から並んだという江別市の会社員(58)は
「移転前、最後ということで、味をかみしめた」
とミラクル焼きそば(3玉)を食べきりました。
ゴマ酢しょうゆ、マヨネーズがお気に入りの組み合わせという札幌市豊平区の会社員(48)は
「ツイッターで閉店を知った。この雰囲気がなくなるのはちょっと寂しい」。
20年前からファンで、夫婦で食べに来た人は
「おなかがすいてガッツリ食べたいときに来る」
と大盛り焼きそば(1.5玉)を注文しました。
初めて来たというお客さんもいました。友人2人と来店した札幌市北区の専門学校生は「SNSで量が多くて有名だと知った。ずっと行きたいなと思っていて、今日調べたら最終日。焼きそばの提供が早くて、値段もリーズナブルで味もおいしくて、また来たい」。
須坂さんは、ほっとした表情でした。店主を任されて6年半、定休日以外は休むことなく厨房に立ち続けました。
「体調を崩して休んだことはなかった。自分の代わりがいないから、緊張感がある。けができないから、スキーをあきらめました」
と苦笑いしていました。
徐々に大盛りがエスカレート
そもそもどうして、これほどの大盛りにしたのでしょうか。
「やきそば屋」の前身は、1976年から札幌市中央区南1西1の旧丸井今井南館の地下にあり、定食などを提供していた「しなの」です。1985年に「やきそば屋」に名称を変え、「大通り店」がオープン。1987年に札幌駅前店が、1991年に北24条店が開業するなど、最盛期には札幌市内に5店舗を構えましたが、2004年から大通り店のみの営業になりました。
須坂さんによると、しなの時代から大盛りのメニューがあったといい、大通り店の開店当初は4玉分の「ウルトラ」までがメニューにありました。次第にウルトラを完食する常連客が多くなり、インパクトを求めて、さらに大盛りのメニューが増え、「これでもくらえ」「死んでも知らねえ」などが誕生していったそうです。
味をつけない麺の提供も、ずいぶん前からあったそうです。やきそば屋の久保力也代表(62)によると、「しなの」の当時はソースをかけて炒めていましたが、お客から味の濃淡を注文されることが多かったといいます。そこで、焼きそば自体に味をつけずにお客自身がソースの種類を選び、好みの量をかけて食べるスタイルが誕生しました。
ソースにも歴史があります。約20年前までは国名をつけた有料ソースがありました。ミートソース味の「アメリカソース」、いまとは別味のカレーソース味の「インドソース」、ホワイトソース味の「ソビエトソース」(各200円)です。有料ソースがなくなった理由は、須坂さんにも「分からない」そうです。
酢、しょうゆ、ラー油、ソース、キムチソースは1985年の「やきそば屋」開店当初からあったといいます。メーカーは今も昔も同じで「同じラー油でもメーカーが変わると、味が変わるから」(須坂さん)とこだわり続けています。
全国的にも珍しい?
味付けしない麺を提供するスタイルは、全国的にも珍しいそうです。
米国やブラジルなど世界中で食べ歩いた1000種類以上の焼きそばをブログ「焼きそば名店探訪録」で紹介する東京都世田谷区のシステムエンジニア塩崎省吾さん(52)は「私の知る限りでは、北海道内で唯一。同じ味付けなしでも、塩コショウなどが加わっているという意味では、全国にもお店はいくつか点在します。ただ焼きそばに一切、味をつけていないのは珍しい。白米出されて勝手に食べてというようなもの。ほかの店は、そこまでストイックではない」
と説明します。
記者の私(24)も3玉分の焼きそば「ミラクル」(700円)に、お好み焼き・目玉焼き・ウインナーが付いた「トリプルセット」(350円)をつけて注文しました。1分ほどで出てきた何味にも染まっていない小麦の風味に、全てのソースを少しずつ試し、一番気に入った「ゴマ酢しょうゆ」を麺に絡ませ、ラー油とキムチで辛みを効かせます。
終盤は箸で崩した目玉焼きの黄身を麺に絡ませて「味変」です。あっという間に完食してしまいました。
自分なりの味を、お財布に優しく、おなかいっぱい食べられる―。それが多くの人に長年愛され続けた理由なのかもしれません。次は4玉の「ウルトラ」を注文してみようか。今度はソースでどんな味にしようか。考えていたらおなかがすいてきてしまいました。
営業は平日午前11~午後8時、土日祝は午前11時~午後7時まで(いずれもオーダーストップは20分前)。麺が切れ次第、その日は営業終了。不定休。問い合わせはやきそば屋駅前本店(札幌市中央区北4西5「アスティ45」ビル地下1階)、電話011・241・6337へ
(参考:北海道新聞電子版)
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